キキララ "万引き家族" 2026年4月5日

万引き家族
万引き家族
是枝裕和
恥ずかしながら2章くらいまで家族構成が上手く読み込めず... 映画で見た方が関係性が一目で分かりやすかったかも。 『すてた物を拾ったんです』 社会や家族から排外され忘れ去られた人が、同じように捨てられた他人の中に捨てられた自分を見て、その他人を大事にし直すことで自分を恢復していく...という道筋がこの本に通底していた事かなと思う。 それぞれエピソードはあれど、とくに亜紀がよかったな...... あのシーンは映画でも見てみたい。 この本を読んで考えたことは、 『まだ誰の物でもない』と『それは誰かの物じゃないの?』の判別のグラデーションでは線引するのが難しくて、 万引きでは線を引けるけど、この物語で語られる家族が誰のものなのか?という判別に対しては、人はそもそも誰かの物なのか?血で繋がったら家族(🟰所属、所有)なのか? また、家族を構成している個人とは本来この物語の家族のように吹けば飛ぶような浮雲のような存在で、それを固着させてくれる絆や繋がりはちょっと集団幻想なのかもしれないのかな?(それに全員が気づけば家族は解体されてしまうのかな?)...... という、あやふやな物に対する見方や自分なりのけじめの付け方だった。 それでも、家族に懸ける気持ちとか想いとかは、感じた時点で確かにあったと思うから、法的拘束力もないし凡そ一般社会から糾弾されそうな、寄り集まりとしてのフワッとした家族でも、一面的にはそこに有る/有ったと言えると思ってる。 余談になるけど、 そういうフワフワしつつもちゃんと居る存在に対して、今思えば、 冒頭での誰これ?この人とこの人はどういう関係?と戸惑いつつ、まあ紙面に居るんだけど誰なんだろう?と困惑モードのまま読み進めた私の体験は、 抽象的な構造に戻せば、「浮遊感と存在」にどちらもなるから、変な体験したな、似てて、面白いなーー! という読後感でした。 面白かった!!
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