
香澄海(KASUMI, Kai)
@KaiKasumi
2026年4月5日
安全に狂う方法
赤坂真理
自分の一部であるものを自分そのものであると振る舞うことがうまくなればなるほど、生き残りに有利であるという状況が起きたのだろう。そしてついには、自分という全体が、一側面に合わせようとする主客転倒が起きる。
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当事者性と言い換えることもできる。「当事者だからわかる」それは正しい面もあるが、当事者という枠に自分をはめこむことでもある。当事者という枠でしか自分を語れなかったら、その意味で固着は生まれる。
「〇〇の当事者」という旗を掲げれば、居場所ができ、言葉に重みが宿る。 でも次第に、当事者としての正しい振る舞いを、自分に強いるようになる。本来は自分の一部でしかなかったはずの「属性」や「症状」に、自分という全体を無理やり合わせようとする。
わかりやすい当事者という記号に逃げ込むことで、記号からはみ出している生々しい感覚や言葉が消失する。