Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
香澄海(KASUMI, Kai)
香澄海(KASUMI, Kai)
香澄海(KASUMI, Kai)
@KaiKasumi
遅読なので、読みながら思いついたことを書いていきます。のんびり読むのが好きです。
  • 2026年4月5日
    安全に狂う方法
    自分の一部であるものを自分そのものであると振る舞うことがうまくなればなるほど、生き残りに有利であるという状況が起きたのだろう。そしてついには、自分という全体が、一側面に合わせようとする主客転倒が起きる。 ………  当事者性と言い換えることもできる。「当事者だからわかる」それは正しい面もあるが、当事者という枠に自分をはめこむことでもある。当事者という枠でしか自分を語れなかったら、その意味で固着は生まれる。  「〇〇の当事者」という旗を掲げれば、居場所ができ、言葉に重みが宿る。 でも次第に、当事者としての正しい振る舞いを、自分に強いるようになる。本来は自分の一部でしかなかったはずの「属性」や「症状」に、自分という全体を無理やり合わせようとする。  わかりやすい当事者という記号に逃げ込むことで、記号からはみ出している生々しい感覚や言葉が消失する。
  • 2026年4月5日
    安全に狂う方法
    コーチングとは、言うならば「よきアディクション」へとクライアントを導くものだ。 ……… この一文への違和感。赤坂はここでアディクションを「無意識に繰り返してしまうほどの強い反復性」として記述している。しかし、アディクトにとっては、自分を乗っ取り、支配し、破壊してくる怪物だ。このズレ。 コーチングは、自分をコントロールできるという香りが漂う。しかし、アディクションの恐ろしさは、コントロールしようとする意志そのものが乗っ取られることにある。アディクションを道具扱いすることはできない。
  • 2026年4月5日
    安全に狂う方法
    「回復者」の語りはパターン化されやすくなる ……… その人の複雑で生々しい痛みは、あらかじめ用意された既製品の箱の中にカチッと収まってしまう。自分の内側から湧き出す独自の言葉を捨てて、システムが用意した「正解」に自分の存在をゆだね、「なぜ今、私はこう感じてるのか?」という問いへの思索が止まって、そこから動けなくなる。これも固着だ。 自助グループなどで語られる「辛さ」が、いつのまにか「この界隈で通用する正しい苦しみ方」に型どられていく……それは、固着した言葉の檻だ。 檻から自分の言葉を取り戻そうとして詩を書いているのかもしれない。
  • 2026年4月5日
    安全に狂う方法
    赤坂はアディクションを固着と言う。執着と固着の違いについて考えてみた。執着には熱いエネルギーを感じる。一方、固着は無機質だ。執着には、意志がある。固着は、意志と関係なく動けない状態。  こう考えていくと、確かにアディクションは固着に近い。意志の力であらがえない状態をよくあらわしてる。 ずっと熱い感情(執着)を持ち続けるより、いっそ無機質なシステム(固着)に逃げ込み、自分を解離させたいと。
  • 2026年4月4日
    安全に狂う方法
    この本を読むと詩を書きたくなるのは何故なんだろう。 「解離」や「固着」から、もう一度自分の生きた感覚を取り戻そうとする、正反対のアプローチ?根本の欲求? 詩は、抑圧というブレーキペダルを消失させる。 「固着した言葉の檻」から、自分のたった一つの「今」を取り戻そうと詩を書いているのだろうか。
読み込み中...
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved