ni "魚が存在しない理由 世界一空..." 2026年4月5日

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@nininice
2026年4月5日
魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話
デイヴィッド・スター・ジョーダンという二十世紀初頭の〈魚類〉を専門とする生物分類学者について。 分類学者の責務は、系統樹の形を解き明かし、この地球の混沌に秩序をもたらすこと。すべての植物や動物のつながりを整理して、生命の地図をつくるのだ。 プロローグで書かれたこの説明が、後半この本の題『魚が存在しない理由』へと繋がってゆく。 一方で著者自身についても語られる。「私たちの存在に意味はあるのか」を問い続ける著者。この問いの彼女なりのこたえの部分に少し矛盾があることが気になって、素直に読めなかったのが残念。 著者は、デイヴィッドが優生学を生涯手放さなかったのは、「おまえの存在に意味はない」という容赦のない真実へ落下しない為の防衛手段だったのではないか、と考える。そしてこの真実を無視すれば、デイヴィッドと同じ穴の狢になってしまうと。つまり、優生学の根拠としてデイヴィッドは「私には意味がある」と信じていたと。しかし数ページ後には、「惑星の視点から見れば、永遠という視点なら見れば、もしくは優生学的な完全性の夢から見れば、確かに人間一人の命に意味などないだろう」と書き、いや、「私たちの存在には意味がある」と続けている。 優生学を提唱したデイヴィッドの「私の存在には意味がある」は、しかし意味のない人間もいる、という差別で、著者の言う「私たちの存在には意味がある」は全ての生命に対しての平等な肯定、という視点の違いを言っているのだろう。 わたし自身は平等に「私たちの存在には意味はない」と思っているので、それを「優生学的完全性の夢」と一緒にされては困る。優生学の人たちは、「意味がある者とない者がいる」と勝手に差別しているだけで、それは惑星の視点と同じではない。読みながらむっとしてしまった。 最終章「デウス・エクス・マキナ」 コンピュータを使った分岐学者たちの研究から、「魚類」という括りは正しくないとする発見。それ自体は興味深いことだったが、しかしでは新しく「肉鰭類」だなんだと結局分類することをやめられない学者たちは、何なのだろう。自然を自然のまま見ることは本当に本当に難しいことなのだろうか。新たに分類するためにまた魚を殺し解剖し研究し、を繰り返す。 学術的な言い回しによって動物と人間を別物にしようとするという点では、ときに科学者が一番ひどい暴挙にでる。動物が認知タスクで人間に優っていてもーー鳥類の一部は何千というタネの位置を正確に記憶できるーーそれは知性ではなく本能なのだと切り捨てる。こうした表現やさまざまな巧妙な言い換えは「語学的去勢」だ。言葉を使って、動物がもつ力をないことにしている。はしごの頂点に人間の座を守るために、言葉をひねりだしている。(p.319)
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