
J.B.
@hermit_psyche
2026年4月6日
現代戦争論
小泉悠
読み終わった
ロシア・ウクライナ戦争という21世紀最大級の武力衝突を具体的素材としながら、現代における戦争の性質そのものを再定義しようとする試みであり、単なる戦況解説や軍事分析にとどまらず、戦争が長期化する構造、国家と社会の関係、そして世界秩序の変質にまで視野を広げた総合的な戦争論である。
本書はまず、開戦当初短期決戦と予測された戦争がなぜ数年単位で継続しているのかという根本的疑問から出発し、その問いを通じて従来の戦争観――すなわち圧倒的軍事力による迅速な勝利という図式――が現実には成立しなくなっていることを浮かび上がらせる。 
議論は具体的なデータ分析から始まり、民間人犠牲者数の不確実性、戦死者の規模、行方不明者の問題といった死の可視化/不可視化の問題系を通じて、現代戦争における情報の断片性と政治性が強調される。
衛星画像や国際機関の統計といった技術的手段によって戦争の実態が把握される一方で、それらは常に不完全であり、むしろ断片的な情報の集積が戦争認識を形成していくという逆説が描かれる。
また、誰が戦場で死んでいるのかという問いにおいては、正規軍だけでなく動員兵や周縁的地域出身者といった社会的弱者が多く犠牲となる構造が明らかにされ、戦争が国家の均質な意思ではなく社会内部の非対称性の上に成り立つ現象であることが示される。 
さらに本書の核心的主張は、現代戦争が非対称戦争から相互に打撃を与え続ける消耗戦へと移行しているという認識にある。
すなわち、かつてのように一方が圧倒的優位に立って短期間で敵を制圧するのではなく、一定の耐久力を持つ国家同士が互いに決定的打撃を与えられないまま暴力の応酬を続ける構造が一般化している。
この状況では、戦争は政治的決着よりもむしろ継続そのものが常態化し、講和や妥協による終結も容易ではなくなる。
実際にロシア・ウクライナ戦争においても、領土的妥協だけでは戦争が終わらない理由が検討され、戦争の終結条件そのものが曖昧化していることが指摘される。 
同時に、本書はロシア側の戦略思想や動機にも踏み込み、単純な侵略/防衛という二項対立では捉えきれない地政学的・歴史的背景を解きほぐす。
ロシアの対外行動には、旧ソ連圏に対する勢力圏意識や対西側不信といった長期的構造が存在し、それが軍事行動として噴出する過程が分析される一方で、ウクライナ側もまた外部支援を受けつつ高度な抵抗能力を獲得しており、その結果として戦争は一方的侵攻から相互消耗へと性質を変化させていることが示される。
ここでは戦争が単なる軍事衝突ではなく、国際政治・経済・情報環境を巻き込んだ複合的システムであることが強調される。
また、著者の問題意識は日本に対する示唆へと収斂していく。
本書は次は日本が当事国となる可能性を排除せず、むしろ現在の戦争形態が東アジアにも波及しうる前提で議論を進める。
そこでは、従来の安全保障観――すなわち抑止力や同盟に依拠する枠組み――だけでは不十分であり、長期化する戦争に社会全体がどう耐えるか、情報戦や経済戦を含めた総力戦的状況にどう対応するかといった課題が提起される。
戦争はもはや軍隊だけの問題ではなく、国家と社会の関係そのものを再編成する現象であるという認識が、読者に強く迫る。
全体として本書は、ロシア・ウクライナ戦争を単なる一地域の紛争としてではなく、21世紀の戦争の典型例として位置づけ、その長期化・不確実性・相互消耗性という特徴から、現代世界が暴力の持続する時代に入ったことを論証する。
そしてその帰結として、戦争と平和の境界が曖昧化し、国家が常時危機状態に置かれる新しい国際環境の到来を描き出す点において、本書は記述的分析と規範的警告とを併せ持つ、極めて射程の広い現代戦争論となっている。



