鷲津 "レキシントンの幽霊" 2026年4月8日

鷲津
鷲津
@Washizu_m
2026年4月8日
レキシントンの幽霊
「孤独」 本の書き込みより 『孤独ではないということは、彼にとっていささか奇妙な状況であった。孤独でなくなったことによって、もう一度孤独になったらどうしようという恐怖につきまとわれることになったからだ。』 〜トニー滝谷〜 『孤独とは、単に他者から疎外された状態をいうのではない。私たちは人のなかにあるときにいっそう、孤独を感じることがある。』 〜「悲しみの秘儀」若松英輔〜 大切な人との出会いがあってこそ、失いたくないが故の「孤独」を初めて学ぶことになる。それは悲しいことではなく、人生において必要な糧ではないのか 『でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当りの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。』 〜沈黙〜 『彼らを最も苦しめたのは、ひょっとすると、一定のストーリーを持った音だったのかも知れない。「みんなひとつに」「がんばろうニッポン」「絆」といったスローガンや、煽るような歌や音楽が、大切な人の発する微かな声や音を津波のように掻き消してしまうのではないか、そんな恐怖に脅えていた人々がいたかも知れないし、今もいるかも知れない。』 〜「生きていくうえで、かけがえのないこと」吉村萬壱〜 大切な人の喪失、悲しみは耐え難いものがある。でもそれ以上に耐え難いのは、騒音にも似た綺麗事の合唱、外野の声だった。その声が悲しみの灯火をかき消し、孤独に苛まされることになるのが、能天気に声を発する人たちには分からないのだろうか 『氷には未来というものはないからです。そこにはただ過去がしっかりと封じ込められているだけです。すべてのものはまるで生きているみたいに鮮明にそこに封じこめられているんです。』 〜氷男〜 『これはもうみんな終わってしまったことなのだ、と彼は思った。もう何をしたところで、全ては終わってしまったのだ。』 『しかし年月がたつにつれて、彼はかつてそこにあったものを思い出すことができなくなっていった。その色や匂いの記憶もいつしか消えてしまった。そしてかつて抱いたあの鮮やかな感情さえもが、記憶の領域の外へとあとずさりするように退いていった。』 〜トニー滝谷〜 トニー滝谷は妻の服を処分すべきではなかった。自らの手で思い出の氷を溶かし、全てを終わりにしたことで、彼は永遠に孤独になった。この先、彼に救いはない 『祈ることと、願うことは違う。願うとは、自らが欲することを何者かに訴えることだが、祈るとは、むしろ、その何者かの声を聞くことのように思われる。』 『孤独は、悲嘆に始まる経験であると同時に、それは生きる力をもたらし、深みから私たちの人生を祝福するというのである。』 〜「悲しみの秘儀」若松英輔〜 孤独は祈ることで救済される 大切な人と自らの対話が、救いの第一歩となる
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