綾鷹 "傲慢と善良" 2026年4月8日

綾鷹
綾鷹
@ayataka
2026年4月8日
傲慢と善良
傲慢と善良
辻村深月
婚約した真実が突然失踪し、探し回る架は彼女の隠された過去と、現代の婚活における「傲慢さ」と「善良さ」に向き合う。 面白かった。 自分の傲慢さや自己愛の強さが突きつけられる小説だったなぁ。 昔の自分の言動を思い出すと、自分って何様だったんだろうと思う。。 特に「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」という小野里夫人の言葉は胸にぐさりと。。 婚活に限ったことではなく、仕事でも、家庭でも、傲慢さ、自己愛の強さが現れることがあるけど、自分の醜い部分に気付けるようでありたい。 ・このまま誰とも出会えないのではないかと、孤独を感じたことは一度や二度ではなかったし、心の中は、やはり自分のこれまでの恋愛と、今している婚活とを比べてしまう。 気軽な気持ちで手に入れ、つきあってきた、アユを始めとする歴代の彼女たちと、婚活で「結婚」を背景に、試し、試されるような気持ちで会う女性たちは、やはり、何かが決定的に違った。一言で言えばー楽しくなかった。 恋愛の先にあるべきものが結婚だと思ってきたはずなのに、出会う女性出会う女性に、これまでの恋愛のような楽しさが感じられない。軽やかな遊びの部分が排除され、社会的な存在としての価値のみが試されるこれは、むしろ、恋の楽しさの対極に感じられた。 何かに似ているーと考えて、ああ、これって就活と似ているんだ、と気づいた。あの時の、試され、選ばれるように努力しながら、選ばれ、落とされーというしんどさと、どこか似ている。 ・「いえ、たいしたことじゃないんです。けれど、うちにお見えになる方でもよくそういう方がいらっしゃるものですから」 結婚相談所は、人を介して直接相手を紹介してもらうのだから、メッセージをやり取りするわずらわしさはないはずだ。意味がわからず架が小首を傾げると、小野里が続けた。 「婚活でうまくいかない時、自分を傷つけない理由を用意しておくのは大事なことなんですよ。自分が個性的で、中味がありすぎるから引かれてしまったとか、資産家であるがゆえに、家の苦労が多そうだと敬遠されたとか、あるいは自分が女性なのに高学歴だから男性の側が気後れしてしまった、とか」小野里がまた子どものような目になって説明する。 「あとは、本当は容姿に自信があるのに、顔が整っているからこそ、男性の側が自分に他の男性がいたかもしれないと気にしているのではないか、とかね。資産家であることも、個性的であることも、美人であることも、本当は悪いことではないはずなのに、婚活がうまくいかない理由を、そういう、本来は自分の長所であるはずの部分を相手が理解しないせいだと考えると、自分が傷つかなくてすみますよね」 ・「小野里さんの目から見て、婚活がうまくいく人とうまくいかない人の差って、何ですか」 ストーカーの一件とは離れた質問だが、聞きたかった。真実と出会い、婚約して、婚活していた頃のあの出口のない苦しさがだいぶ遠ざかったように感じていた。しかし、小野里を前にして、思い出す。 婚活して結婚が決まった、という他人の成功識を聞いて、何度も思った。彼らと自分の何が違うのか。然るべき相談所やアプリを利用して、すぐに相手と出会える人たちもこんなにたくさんいるのに、と。 ここに来ていた頃の真実もそうだったのではないだろうか。 「うまくいくのは、自分が欲しいものがちゃんとわかっている人です。自分の生活を今後どうしていきたいかが見えている人。ビジョンのある人」小野里の声に、ふいに、別れたアユの顔が浮かんだ。 結婚したい、と架に明確に訴えた彼女の声が蘇る。フェイスブックで見た彼女のウエディングドレス姿がそこに重なる。小野里が「ビジョン」と表現したのが、しっくりくる。以前は架にも見えなかった将来の像。自分が夫になることも、父親になることも、遠い先のことのように思えて、実感が持てなかったあの頃。 ・「私もここを始めて長いのですけど、ひと昔前はね、仰るように、紹介した最初のお相手で決まることの方がずっと多かったんですよ。皆さん、それまでおつきあいした人がいらっしゃらない場合も多く、ああ、自分にはこの人なんだ、とすんなり納得されて縁談がまとまった。恋愛期間を重視されるよりは、結婚してから夫婦になっていく、というような感じですね」 小野里の目が、また少し意地悪くなったように感じる。ふふ、と彼女が笑った。 「けれど、今は情報が溢れているせいか、どんな方でもまずは結婚の前提として恋愛を求める傾向が強いです。自分にはこの人じゃない、ピンとこない。ードラマで見たり、話で聞く恋愛ができそうもないと、ご自分にたとえ恋愛経験が乏しくても、『この人ではない」と思ってしまう。そのうえ、皆さん、他人から理想が高いのではないかと指摘されるとたちまち否定されます。理想が高いなんてとんでもない。ただ、今回のお相手が合わなかっただけで、自分は決して高望みをしているわけではない。自分が高望みできるような人間でないことはわかっているし、と。とても謙虚な様子で、むきになられ て」 でもね、と小野里が上目遣いで、試すように架を見た。 「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです。傷つきたくない、変わりたくない。ー高望みするわけじゃなくて、ただ、ささやかな幸せが掴みたいだけなのに、なぜ、と。親に言われるがまま婚活したのであっても、恋愛の好みだけは従順になれない。真実さんもそうだったのではないかしら」 ・「対して、現代の結婚がうまくいかない理由は、『傲慢さと善良さ」にあるような気がするんです」 小野里が言った。さらりとした口調だったが、架の耳に、妙に残るフレーズだった。 「現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、“自分がない”ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います」 小野里がゆっくりと架を見た。そして、ひとり言のように、どうだっていいように、付け加えた。 「その善良さは、過ぎれば、世間知らずとか、無知ということになるのかもしれないですね」 小野里の目が、目の前の架を通じ、誰か別の相手を見ているように思える。それは、架と、架の後ろにいる多くの人たちに向けられた言葉であるかのように聞こえた。 ・「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」 吸いこんだ息を、そのまま止めた。小野里を見る。彼女が続けた。 「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、ピンとこない”と言います。私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」 架は言葉もなく小野里を見ていた。 「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」 ・「架くんからしてみたら笑っちゃうような話だと思うんだけど、ともかく、母は真実をそこに入れたことがなんとなくステータスになったんだよね。うちの子は純金とは言わないけど、18金。メッキの人たちとは違うって」希実が苦笑する。「自分の物語が強いの」と。 「人からしてみたら、そんなことどうだっていいのに、自分の物語をよく見せるためにどんどん話に尾ひれがついていくの。公立の志望校に入れなかったから選んだ学校だったはずなのに、最初から香和に行かせるつもりだった、本当は中学から通うつもりだったけど、小学校からのお友達と離すのがかわいそうだったから高校からになったんだってなっていく」 「自分の物語って・・・・・・。だいたいそれ、自分の話じゃなくて、娘の話じゃないですか」 ・「年頃になった娘が自分で相手を選んできて紹介する。自分の娘の彼氏の自慢話なんかを周りにしたくてうずうずしてるような母だったのに、価値観がまた曲がって、どんどん都合のいいことを言うようになっていくの。真実は、女子大の中でも、寄ると触ると男の子の話ばかりしてるようなグループと違って、本当に香和にふさわしい子だったのに、今はそういう子の方が逆に損しちゃうんだわって。しっかりと自分を持って、周りに流されるような子じゃなかったからって」 「そこでも、『自分の物語』が強くなっていくわけですか」 陽子への皮肉を含めた思いで架が言うと、希実が寂しげに微笑んだ。 「その通り。私、母に、真実に彼氏がいないのは女子校だったせいもあるんじゃないかって言ったことがあるんだけど、その時に、母から、でも女子校でも彼氏がいる子はたくさんいるし、まして、一人暮らしをしてるしてないにかかわらずお嫁にいく子はたくさんいるって烈火のごとく怒られた。自分が選んだ娘の進路のせいだなんて、死んでも思いたくないんだろうなあ。でも、そうなると、行きつく先がどんどん救いのないものになるのに、それも気づかない」「救いがない?」 「うん。それでいくと結婚できない原因は、じゃあ、真実が単にモテなかったせいだってことになるじゃない。同じ境遇の他の子がみんな結婚してるなら、真実自身に魅力がないせいだってことになる」 モテないー、という単純な響きは、単純であるがゆえに残酷だ。 咄嗟に言葉が出ない架に、希実がやんわりと首を振る。 「でも母は、そこを一番認めたくないんだよね。真実はただ運が悪かっただけ。ー自分が悪かったことには絶対にしたくない。まして、自分の娘が異性からモテないなんて死んでも思いたくない」 陽子は娘がかわいくて仕方ないのだ。 自分の娘なのだから、当然かもしれない。しかし、架の中で、前橋で感じたのと同じ違和感がまた強く膨れ上がる。 真実もそれでしよかったのかもしれない。親が結婚相手まで決める人生に抵抗はなかったのかもしれない。しかし、この違和感は、もっと言うなら不快感だった。真実の人生が狭い価値観の中で蹂躙されている。 苦労がないよう、よりよい道を。陽子がそう本心から信じていることはわかる。それでも思ってしまう。よかれと思っていたとしてもーそれは、支配ではないか。 ・「うちの母たちも、何も極端な学歴差別主義とかそんなわけじゃないんだよ。普段は、そんなことで人を判断しちゃいけないって私たちにも諭してきたような人だけど、それがいざ自分の娘の結婚相手となると別の話になるっていうか」 「それはなんとなくわかります」 「お見合いがうまくいってないって聞いて、思ったよ。真実も母もどうしてそんなに傲慢なんだろうって」 傲慢。 その言葉は、小野里夫人から聞いた言葉であると同時に、架もつい最近思ったことだった。過去の自分に対して、それから、真実の将来に介在する陽子たち両親に対して。 しかし、希実の目から見ると、妹もまたそう映るのか。 「自分たちにそんなに価値があると思っているのかなって。何を根拠にそんなに自があるのかって謎だった。あなたたちがそうなんだったら、他の家だってみんなそうだよ。 あなたたちから見てたいしたことがないように見える息子でも、相手も自分の家に自信があるし、息子がかわいいんだよって思っちゃった」
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