ネムネム🍥 "おいしいごはんが食べられます..." 2026年4月9日

おいしいごはんが食べられますように
答えが一つしか無いものが嫌いだ。 サプライズ、確かな上下関係がある中で紹介される本や映画、あるサービスを提供する知人から頼まれるレビュー、知人程度の人から渡される手作りのお菓子。 私の心から自由を奪うなよ、と思う。 安全圏から出ることなく、"こう思われたい" を叶えるために行動を選ぶ人が嫌いだ。 職場の休憩室に各々がお弁当を調達して集まるなか、しばらく戻ってこない人がいた。皆が待ちきれずお弁当を食べ始め、食べた量より残りの量が少なくなった頃にようやく帰ってきたその人は、お弁当と数冊の古本を抱えていた。たしか太宰とかそのへんの作家の本だったと思う。誰かが「何で本買ってるんですか」と聞き、その人は「この作家の作品が好きなんです。」とクセのない綺麗な、しかし深みは感じない声で答えた。心の底から馬鹿じゃねぇの、と思った。 誘導されている。おかしいとは思いながらも相手は明確にラインを越えるわけではないから、出す言葉がない。自分の心が反対に駆け出す。 押尾さんが捨てたくなかった自分も、カップラーメンに込めた二谷の怒りも分かる気がして、心臓のあたりがゆっくりと縮み浅くしか息が吸えない。絞るような泣き方をしたくなった。 そんな風に本文を読み終え、解説を読んだ。別の意味で泣きたくなった。 正解が分かっていながらどうしても出来ない時の腹の重さと、確かにある感情とは真逆の正解を表現している時の自分への怒りを知っていたとして、その上で「二谷や押尾さんになりたくない」と言える人は、他の部分でどれだけ満たされているのだろう。はたまた自分の魂レベルが低いのか。 わたしは〜手作りのお菓子を大げさに喜んでいただくだろう。そうだよ、分かっているよ、でもこの前のアレがまだ薄まっていないのに、また同じ状況に逃げ場なく周囲を囲まれ、すぐにまた、そしてまた、自分のミスじゃないのに下げた頭もこの暴れる感情もあの上司の下に居ては報われることなど無いのに。 それでも笑って、食べたくないお菓子と感情を無理矢理にでも飲み込むのが大人か。 泣きたくなったはずだった。泣くことすらできない。
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