CARPEDIEM "私が間違っているかもしれない" 2026年4月10日

CARPEDIEM
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@Carpediem911
2026年4月10日
私が間違っているかもしれない
私が間違っているかもしれない
ナビッド・モディリ,
キャロライン・バンクラー,
ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド,
児島修
今年読んだ本 Part.4 タイトルにふっと心惹かれるものがあったので、中身をあまり確認せずに購入。年に数回はこういうことあるけど、自分の感じた衝動の方を大事にしている。それで違ったなという風に思うことはたくさんあるけど、最近はそれも含めて受け入れられるような余裕が出てきたのかも。やっぱり今までは何を読むかとか、この本から何を学ぶかとか、せっかく買ったんだからとか、邪な考えが邪魔をしてたかも。最近は何を読むかよりも、作者がどういう背景でこの本を書いたのかとか、自分が登場人物だったと仮定して妄想したり、どういう環境で読むのか、どういう風にこれを記憶として残しておくか、という風に思うようになった。 ということで読んでみたけど、全然想像してた内容が違った。笑 ビジネスの意思決定の本なのかと勝手に勘違いして、読み始めてからあれあれと思って見返してみて全然ちゃうやん!って思わず突っ込んでしまった・・・ 僧侶の方が書いた本だと、枡野俊明さんとか小池龍之介さんとか一時期よく読んでいたけど、欧米の方で後から僧侶になったかたとかの話は初めてだから、読んでよかった。やっぱり中身とかをよく読んで自分の今までのフィルターで弾かれちゃうと、こういう予想外に良い本には出会えないなと思う。勘違いしてよかったー。笑 自分も海外に住んでいたことがあるからわかるけど、異文化の中で生きていくのって思っているよりしんどい。自分の基盤となるアイデンティティがゆらいだりとか、マイノリティであることの不安からくる孤独とか、付き合っていかなければいけないことは多い。その中で、スウェーデンからわざわざタイの奥地までいって僧侶になった作者は、色々なギャップを乗り越えていったんだと思う。自分の生きている社会を外部から見るのってなかなかできないから、海外の人の目線で見るのは新鮮。 特に印象的だったのが父親との別れのパート。まだ読んだことがない方もいると思うので詳細は書けないけど、わかっている死に対してどう立ち向かうのか。それは自分の死だけじゃなく、大切な家族に対してというのもとても考えさせられるものだった。それを人は不幸と呼んだり、悲しみに暮れてしまうというのもあるのだろうけど、それでも人は生きていくというしなやかさを感じた。 中でも気に入った一節がこれ。 『私たちが苦しいと思うからこそ、それは苦しみになる。苦しみは、私たちの心の中で生み出され、そこで大きくなっていく。 私たちがそれを許すからこそ、ますます膨らんでいくのだ。心の苦しみは自分が生み出したものだと理解できたとしても、苦しみが軽減されるわけではない。けれども、その仕組みを理解すれば、苦しみと新たな方法で関われるようになる。だからこそ、人は自分の考えが常に正しいと信じるべきではないのだ。』 自分にとっての当たり前が意図せず自分を苦しめてることはある。将来が不安だから頑張ったり、周りの人が頑張ってるのを見ると、さぼってる自分を駄目に感じてしまったり。良い親でいなければ、周りに迷惑をかけないようにしなければ、やりたいことは我慢しなければ。そういう感情をちゃんと受け止めて、ひらいていくのが大事なんだなと改めて実感した一冊。
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