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@licht_
2026年4月11日
いずれすべては海の中に
サラ・ピンスカー,
市田泉
読んでる
@ 自宅
まだ読み途中 …… 📖´-
『そしてわれらは暗闇の中』
「あんた達は今ここで何をやっているの?その幻覚に囚われることは、今いるパートナー(大事な人)の気持ちを蔑ろにしてまで優先すべきことなの?」と問いたい気持ちになった。勝手じゃない?と主人公に憤りすら感じた。けれど、これは私が自身の人生に子を一切必要としない人間だからかもしれない。だから、きっと主人公を深く理解することができないんだと思う。現実にいもしない子供の幻影に囚われてしまうことへの共感も、今現実にいるパートナーの気持ちも生活も無視し仕事をクビになってまでここまで来た彼女の気持ちも、私にわかる日は多分永遠に来ない。
でもそれはそれとして、日々の生活の中で私にも誰にも周囲にいる大事な人やその気持ちを無意識のうちに蔑ろにしてしまってる部分てあるんじゃないかと思った。
(この物語から得るべきものはきっとそういうものではないと思うのだが、主人公の執着対象への共感が出来ないのでその視点から学びを得ることにする)
子供に関しての共感が無理なので、過去に失った人と想定してみる。だけど、やはりその人への悔いやら思い出やらに浸るくらいなら、今隣にいる人にやるべき事があるだろとやはり思う。また、その対象が人でない場合(仕事でも趣味でもなんでもいいんだけれど)も同じで、もちろん自分軸や自分ファーストで生きることも大事であるけれど、自身も自身の周りにいる人も永遠ではないことは覚えておく必要があると思った。
私たちはその事実を日々の生活の中でそれをよく見失う。けれど、「今いる人を置いてまで囚われるべきことって何?」という話で、"自身が本当に大事にすべきなのは一体何なのか、誰なのか"というのは日々を生きる中で度々再確認する必要があるなと感じた。
私は"本当に最優先すべきこと、人たち"を見失わないように生きたい。
