
沙南
@tera_37
2026年4月13日
キッチン
吉本ばなな
読み終わった
「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」
とてもとても、大切な物語に出会ってしまった。抱きしめて、手放したくない本のひとつになった。私はどうしても衝動で生きていて、すぐに忘れていってしまうから、いまの気持ちをこっそり書き留めておこう。(おセンチすぎて恥ずかしいので、こっそりとね!)
何気ない一文にふと涙がこぼれた。一文、一文が、私たち読者に寄り添ってくれているようだった。かと思えば、少し離れたところから見守ってくれているときもあって。さみしくて、美しくて、それでも芯がある。陽光を浴び、春風に揺れる梢みたいな言葉たちが愛おしかった。
この物語の人たちは、みな喪失のただなかにいる。けれどそこに、可哀想を演出しようとする思惑は一切感じられない。大袈裟な表現もない。作為的な感動もない。ただ、かなしみを乗り越えようと生きる、ありのままの人間がいる。「喪失」をこれほどまでにあたたかく描いた作品に、私は初めて出会った。もし、数少ない身内を失ったとしても、この本があればなんとか生きていけるはずだと、少しの勇気を分けてもらえた。
最近あった出来事も忘れぬよう書いとこ。(この小説を読んでいる最中だったので、悲観せずにすんだのです。)
パスポートのために、戸籍謄本を発行する手続きをしていたとき。筆頭者、というのが誰なのかいまいちわからず(無知すぎる)、母に電話したところ、
「あんたひとりで、あんたが先頭よ!私はもう抜けとるよ!」
そう言われて、
「え?!私ってひとりなの?!」
と、なぜだか大笑いした。母も笑っていた。愉快なわけでもないのに、こんなに笑うことってあるんだなあと思った。突然吹きつけた孤独が、妙に可笑しかった。
母とは超仲良しなのに、この紙切れ上では除籍扱いでいないことにされてて。半分育ててくれた祖母の名前も、どこにもなくて。(祖父母は記載しないんだと。)ひとりのはずないと思って生きてきたけれど、この紙は私をひとりだと言う。誰と一緒にいても、どこに行っても、なーんか空しい感じがしたのはコイツのせいかもしれない、と思った。ので、コイツ(戸籍謄本)のせいにすることにした。私はひとりじゃない。
そうやって、なにかのせいにしながら、少しだけ、都合よく思い込みながら生きていくのも、たぶん悪くない。そんなふうに、この物語は、読む人それぞれに抱えた「さみしさ」や「むなしさ」を、やわらかく肯定してくれる。このまんまでいいや、と思える。
みかげだって、えり子さんとも雄一とも、おなじ紙の中にはいないけれど、三人は深くつながっている。さつきと柊とうららも。奇妙な縁で結ばれた人に、ある一瞬、救われることがある。それは、喪失を抱えた者同士の傷の舐め合いだという見方もあるかもしれない。失った誰かを、別の誰かで埋めようとしているだけだと。それでも、その瞬間、その人とでしか分かち合えないものがある。たとえ、乗り越えた先に別れが待っていても、共に生きた瞬間が間違いだった、なんてことはないと思う。
私もたくさんの人たちとつながって生きている。紙の中に名前はなくても。ほんとうに周りには恵まれてばかりだから、月並みだけれども、感謝の気持ちを忘れないようにしたい。
私がこの世でいちばん好きな場所はどこだろう。まだ見つかっていない気もするし、もう知っている気もする。本があればどこだっていいかあ。