

沙南
@tera_37
おもったことをすきに書く
- 2026年6月27日
海と毒薬遠藤周作気になる - 2026年6月24日
夜市恒川光太郎読み終わった「今宵は夜市が開かれる。」 夢の中を漂っているような気分になる。明るくはないけれど、じめじめともしていない。不思議な二つの物語。読んでいると、私も幼いころに夜市へ迷い込んだ気がしてくるし、間違って古道を歩いてしまった気もする。 「夜市」は審査員の選評にもあったとおり、頭の中に絵が浮かんでくる。その景色が現実にまで滲み出してきて、じわじわと全身を包んでくるような感覚。印象派の絵画の中に吸い込まれてしまったみたいだった。粒子状になった闇を光が吹き飛ばす、という夜明け(=夜市が消える)の描写が、今までみたことのない例えで好みだった。 「夜市」もかなり良いけど、「風の古道」もぶっ刺さり。芥川のトロッコが大すきなので、そのダークファンタジー版みたいな感じで🫶。 出会いと別れを"胸に風が吹く"と表現するのが素敵。どれだけ濃い時間を共に過ごしても、振り返ってみれば、それらは風が通り過ぎるのとおなじくらい一瞬の出来事なのかもしれない。 私はどうしても停滞が心地よくって、今ある人間関係が永遠に続けばいいなって思うことがたまにある。みんなそれぞれ自分の選んだ道を進んでいるわけだし、全員が最後まで隣を歩くわけではないこともわかっているんだけれど、でもだって、楽しいんだもん。今この瞬間が。 最後のシーンでの主人公にも、家に帰りたい気持ちと、あの奇妙な冒険をまだ続けていたい気持ちの両方があったんだろうなあ。 自分と他者と、それから環境の変化を楽しみつつ、たまたま今おなじ道を並んで歩いている人たちと、行き先が分かれるそのときまで、一緒に歩く時間を思い切り謳歌したいと改めて思った。せっかく地球に生まれてきたから! ーー道は交差し、分岐し続ける。一つを選べば他の風景を見ることは叶わない。 私だけではない。誰もが際限のない迷路のただなかにいるのだ。 - 2026年6月19日
をんごく北沢陶読み終わった「黒い格子の外から、誰かが見ている。」 緊張感が静かに漂う一方で、不思議な爽快さもある。良いホラー作品だった。怪異が近づいてくる描写では、こちらまで瞬きを忘れて息を潜めてしまった。エリマキがただの強い奴じゃなくて、得体の知れない存在にちゃんと怯えるのがチャーミング。壮一郎も巫女さんもすき。 願望が欲望と化し、深い業としてこの世に残り続ける。これまで私は、人は死んだら土に還り、肉体も精神も、その人を形成していたすべてが消えていくのだと考えていた。けれど、肉体を離れたあとに、願いや想いのようなものだけが残ることもあるのかもしれない。私がこの世を去るときにもし、なにかひとつ願いが留まってしまったとしても、それが愛する人を傷つけることだけはしないでほしいな……。 ラストはすごくいい。(上手くいきすぎて終わり良ければ、感があるのも含め!)すきなジブリのあれとあれや、アクション映画を彷彿とさせる。読んでよかったと思った。 あと表紙の女性、めっちゃ目合うやんこわ…と思っていたけど、読み終えるころには怖くなくなった。 と言いたいところだけど、やっぱちょっと怖い💦 - 2026年6月13日
残穢(ざんえ)小野不由美読み終わった「すべての端緒となる一通の手紙が私の手許に届いたのは、二〇〇一年末のことだった。」 めっちゃ怖い。怖くないって言ってる方々、強すぎ。読みながら何回か後ろを振り返った。淡々とした語り手の存在が唯一の救いだった。しばらく布団からは足を出さずに寝ます。(ベッドの中は安全地帯だと思っている。) ホラー作品を読んでいる、もしくは観ていると、私はいつも恐怖と同時に怒りが湧く。なんの罪もない人が、たまたま穢れに触れたことで呪いの連鎖に巻き込まれる。最悪、死に至る。霊や呪いって理不尽すぎやしないか。科学的根拠も実体もないくせに強くない?逃れるための解決策はないのか、と毎回思う。 この物語も例に漏れずそう感じたけれど、身勝手な人間の欲が無関係な他者に不幸を招くということは、怪奇現象に限らず現実にもよくあることだと気づかされた。「運が悪かった」で片付けられることが、世の中には夥しいほどに存在する。人はいつ、どこで死ぬのかはわからないし、呪いみたいな悪意を理不尽にぶつけられる可能性もいつだってある。少し飛躍するけれど、そんな世界の中にもやさしい人たちが確かに存在することを忘れてはならないなと思った。悲観ばかりしちゃいけない。ただ、いつ呪われてもいいように、後悔のないよう生きとこ。 - 2026年6月10日
プレゼント伊坂幸太郎,宮部みゆき,恩田陸,梨木香歩,江國香織,町田そのこ,米澤穂信気になる読みたい - 2026年5月18日
カレーライフ竹内真気になる読みたいどの書店にもない〜。ネットで注文するのはなんか負けた気がする…気長に探そ!将来的に神保町の女王(カレー部門)、もしくはサナ・カレーニナを異名としたいので、絶対に読みたい。🍛 - 2026年5月10日
プロジェクト・ヘイル・メアリー 下アンディ・ウィアー,小野田和子読み終わった「二足す二は?」 映画が最高すぎて、やっぱ読まずにいられなかった…久々に寝食も忘れて狂ったように読んだ。2人のハグが大すき。夢のあるラストもすき。この物語に出会えてしあわせ!もっかい映画観ようかな😌 - 2026年5月10日
風の歌を聴け村上春樹読み終わった「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」 タイトルを目にした瞬間、風が通りすぎた気がした。ちょうど読まなきゃ、と思っていたところだったし。はじめての村上春樹。 遠回りするような文章だった。気づけば知らない道に入り込んでいて、慌てて引き返したり、立ち止まってもう一度読み返したり。一文ごとに、読む、というより歩かされている不思議な感覚がある。たとえば、他人の家で目覚めると「別の体に別の魂を詰め込まれた感じ」がするってそれ、もはや別人やん。あ、自分じゃなくなったみたいってことか。ちょっとわかる。 そんなふうに、読んでいるあいだ小さな脳内会議が開かれっぱなしだった。てか裸で寝てる間に指で身長測られるの、すごく嫌だなあ。うまく説明できないけれど、なんか嫌。顔を観察されるくらいなら、まだ許せるかも。そういうちょっとした違和感が、「僕」が女の子に「嫌な奴」って書かれる理由じゃないかな。 登場人物全員が、他者にも世界にも必要以上に干渉しないのがいいと思った。だから会話も、「なぜ?」「さあね。忘れた」「そう」で終わる。知りたいから尋ねる。けれどその人が忘れた、と言ったならそこで追わない。絶対忘れてなんかないのにね。追及したところで、他者の内面は見えないままだし、世界は結局、そこに見えているままだし。この諦念にも似た静けさが、物語全体に独特の凪いだ空気をつくっている。さみしさと、微かなあたたかさが同時に漂う、そんな空気。私にとって会話は、交わる部分を共に探し、くっついたり離れたりするものだと思っていたけれど、村上春樹の世界では、会話は並走するものだった。その距離を心地よいと感じられるかどうかで、彼の作品を好きになれるかが決まる気がした。 鼠はどことなく、大学時代の友人を思い出す。干渉してこないくせに、人がいないと寂しがる。自論を長々と語り出す。面倒くさいけれど、酔うと特に面倒くさい、面白い奴だったなあ。今年も夏に会うのがたのしみ。私が夏をわりと好きなのは、奴に少し起因している感じがしていつも悔しい。 そういえば、この小説はなんとなく公園で読んでみた。外が合うと思った。そうしていると、左の手の甲と右の頬を蚊に刺された。いっちょ前に夏。東京の自然はぜんぶ嘘っぱちだなあと思っていたけれど、思いのほか悪くなかった。ビル風とはまだ仲良くできそうにないけどね〜。 - 2026年5月5日
みどりいせき大田ステファニー歓人読み終わった「あれは春のべそ。」 話し言葉すぎてはじめは読みづらかったけれど、慣れてくると独特のリズムがくせになった。私はすき。1000年後くらいに、まだ人間が地球に居させてもらえていたら、この小説が古文の授業で取り扱われていてほしいな。「何ページ何行目の『ギャルピ』とは……」みたいに、未来人たちが真面目顔で読解しようとしているのをどうにかして眺めたい。神様的な何かにでもなって。 ところで読んでいると、体がさむくなったりあつーくなったりしたのは、電車とかバスの温度のせいかな。風邪拗らせてるから?それともこの小説がそうさせるのか?特にトリップしてる場面は、読んでいるこちら側も勝手に眉間に皺が寄るし、肌が粟立った。 (読む前メモ) 作品を読んで書いた人が気になることは、ままある。 逆はあまりないのだけれど、この人のインタビューを読んで、この人の書くものを読みたいと思った。つよく!4.17 - 2026年5月1日
葉太宰治読み終わった「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。」 とりとめもなく綴られているようで、ひとつひとつが一瞬で過ぎ去っていく短編の連続。 ひらひら降る落ち葉をキャッチしようとして。花びらでも可。すべてを掴むことはできないけれど、掌に残ったものを並べて、ただ眺めているみたいな。走馬灯ってこんな感じかな、と思った。こんな風におだやかで、静かであればいいな、とも。 傍から見ている人の視点で書かれた物語って、なんだか他人事のように感じることもあるけれど、太宰はどうしてこんなにも、読み手を物語に没入させるのが上手いんだろう。日本橋の話とか特に。 - 2026年4月17日
詩人S 谷川俊太郎 単行本未収録詩集谷川俊太郎気になる - 2026年4月17日
不器用でニシダ気になる - 2026年4月16日
姦淫に寄す坂口安吾読み終わった「九段坂下の裏通りに汚い下宿屋があつた。冬の一夜、その二階の一室で一人の勤め人が自殺した。」 安吾作品ばかり読んでいる方を見つけて、私も真似して読むことにした。 頁をめくりながら始終、動悸がしていた。 不快なものではない。かといって、高鳴り、と表現するのも相応しくないし、ときめき、などでは絶対にない。仄暗いけれど、どこか爽やかな。淡い停滞の底に、なにかが決壊しそうな気配が潜むような。 うーん。説明のつかない高揚感があったことは確かだと説明しておく。わけもなくどきどきと暴れる心臓を、そのままにしておくことが私は嫌いではないので、一旦放置でいい。 そうか。理由なんかなくてもいい。人と人は、なぜだか一緒にいることもあるし、なぜだか離れてしまうこともある。玄二郎と澄江。定義不能な二人の空気感に触れていると、名づけられたものだけがすべてではないのだと気づかされる。 「正しさ」を基準に生きてしまうことも多いけれど、なんとなく、隣にいたいからいる、やってみたいから挑戦する、そのくらいでいい。安吾の作品はどれも根底に「正直さ」がある。私も、自分にも他者にも正直に生きるという核心を、ずっと見失わずにいたい。 【気に入った表現】 「動物園の河馬を考え深くしたような」 面白いたとえ。センスある。 でも味と品位のあるイケメンらしい。 どういう顔? - 2026年4月13日
キッチン吉本ばなな読み終わった「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」 とてもとても、大切な物語に出会ってしまった。抱きしめて、手放したくない本のひとつになった。私はどうしても衝動で生きていて、すぐに忘れていってしまうから、いまの気持ちをこっそり書き留めておこう。(おセンチすぎて恥ずかしいので、こっそりとね!) 何気ない一文にふと涙がこぼれた。一文、一文が、私たち読者に寄り添ってくれているようだった。かと思えば、少し離れたところから見守ってくれているときもあって。さみしくて、美しくて、それでも芯がある。陽光を浴び、春風に揺れる梢みたいな言葉たちが愛おしかった。 この物語の人たちは、みな喪失のただなかにいる。けれどそこに、可哀想を演出しようとする思惑は一切感じられない。大袈裟な表現もない。作為的な感動もない。ただ、かなしみを乗り越えようと生きる、ありのままの人間がいる。「喪失」をこれほどまでにあたたかく描いた作品に、私は初めて出会った。もし、数少ない身内を失ったとしても、この本があればなんとか生きていけるはずだと、少しの勇気を分けてもらえた。 最近あった出来事も忘れぬよう書いとこ。(この小説を読んでいる最中だったので、悲観せずにすんだのです。) パスポートのために、戸籍謄本を発行する手続きをしていたとき。筆頭者、というのが誰なのかいまいちわからず(無知すぎる)、母に電話したところ、 「あんたひとりで、あんたが先頭よ!私はもう抜けとるよ!」 そう言われて、 「え?!私ってひとりなの?!」 と、なぜだか大笑いした。母も笑っていた。愉快なわけでもないのに、こんなに笑うことってあるんだなあと思った。突然吹きつけた孤独が、妙に可笑しかった。 母とは超仲良しなのに、この紙切れ上では除籍扱いでいないことにされてて。半分育ててくれた祖母の名前も、どこにもなくて。(祖父母は記載しないんだと。)ひとりのはずないと思って生きてきたけれど、この紙は私をひとりだと言う。誰と一緒にいても、どこに行っても、なーんか空しい感じがしたのはコイツのせいかもしれない、と思った。ので、コイツ(戸籍謄本)のせいにすることにした。私はひとりじゃない。 そうやって、なにかのせいにしながら、少しだけ、都合よく思い込みながら生きていくのも、たぶん悪くない。そんなふうに、この物語は、読む人それぞれに抱えた「さみしさ」や「むなしさ」を、やわらかく肯定してくれる。このまんまでいいや、と思える。 みかげだって、えり子さんとも雄一とも、おなじ紙の中にはいないけれど、三人は深くつながっている。さつきと柊とうららも。奇妙な縁で結ばれた人に、ある一瞬、救われることがある。それは、喪失を抱えた者同士の傷の舐め合いだという見方もあるかもしれない。失った誰かを、別の誰かで埋めようとしているだけだと。それでも、その瞬間、その人とでしか分かち合えないものがある。たとえ、乗り越えた先に別れが待っていても、共に生きた瞬間が間違いだった、なんてことはないと思う。 私もたくさんの人たちとつながって生きている。紙の中に名前はなくても。ほんとうに周りには恵まれてばかりだから、月並みだけれども、感謝の気持ちを忘れないようにしたい。 私がこの世でいちばん好きな場所はどこだろう。まだ見つかっていない気もするし、もう知っている気もする。本があればどこだっていいかあ。 - 2026年4月12日
君のクイズ小川哲読み終わった「白い光の中にいた。下半身の感覚がなくて、宙に浮いているような気分だった。」 面白い!!ナンコレおもしろ!! 結末も私的にはすごく気に入った! 一人称で短文を連ねる作風がすきだ。主人公の思考の速さが、こちらにも手にとるように伝わる。私もよく思考がジャンプしたり、勝手に連想ゲームを始めてしまったりするので、この速度が心地よかった。(考えていることは主人公みたいに賢くはないけれど…) 「OTPP」という四文字を目にした直後に「PPAP」がよぎる。脳内で、豹柄らしきストールを身につけた男が奇妙なダンスを披露する。いつ流行ったっけ。何者だったんだあれは。そういえば、金曜日に前の席の人がZIPファイルにパスがかからないって嘆いていたけど、できたのかな。などと脈絡なく考えていると、主人公もおなじように「PPAP」に飛んでいて、なんか、嬉しくなった。仲間見つけた感。 映画になるらしい。思考がメインの文章だけれども、どう映像化するのだろう。でも神木くん出てるから間違いない説あるな。 読んだ人たち!みんな観に行こうね〜約束🫶 - 2026年3月29日
さよならジャバウォック伊坂幸太郎読み終わった「なぜかしら、頭がいろいろな気持ちでいっぱい」 不眠ついでに読了。伊坂幸太郎が大すきだー。 新作が出たら内容も見ずに即購入してしまうのは私の悪い癖。まあ後悔したことはないからいいか。 伊坂作品あるある。読んでいる最中はもやもやしたり、いらいらしたり、感情が大きく揺さぶられる。けれど読み終えると、霧が晴れたあとの青空を見上げたときのような、澄み切った爽快感と充足感でいっぱいになる。どんな結末であろうと。今回もそれ。 抑えられないほどの激昂。ぜんぶ脳の仕組みのせい、ジャバウォックのせい、なにかのせいにできたらどれほど楽だろうか。そうも思ったが、自身の中にある激情を受けとめ、理性的でありたいともがく姿をやさしさと呼ぶのだろうな。つまり、凍朗は最後までやさしい人間だったのだ。怒りと慈愛は表裏一体。そんなことを考えさせられるラストだった。 - 2026年3月29日
堕落論坂口安吾読み終わった「半年のうちに世相は変った。醜の御楯といでたつ我は。大君のへにこそ死なめかへりみはせじ。」 坂口安吾という人間の考えを、ひとつ残らず読み落としたくないと思うほど夢中になった。 死をも恐れぬ精神が美徳とされた時代。そんな中で、堕落こそが人間の本質なのだと、異端ともいえる考えを世に発した彼の覚悟に、いまを生きる私も救われたような気持ちになった。 高尚な人ばかりが模範であるかのように扱われるのは、現代もおなじ。故に、そこから逸脱している、欠落していると感じる部分を自ら責めてしまうことも多い。怒ったり、恥じたり、涙を流したり。みっともないところもひっくるめて、人に生まれてよかったと心から思える日が、いつか私にも訪れるだろうか。 それはそれとして、理想や理屈を語り倒したあとに、真の欲望を吐露する構成を私は愛している。しかもその欲は、常人が口にすることを躊躇うほどの正直なもの。安吾の文章からも、もはやユーモアとも呼べるような欲が垣間見える。 運命に従順な姿(老いていく、廃れていく姿も含め)は奇妙に美しいとか、美しいものを美しいままで終わらせたい人情があるとか、未完の美は美ではないとか。あれこれ述べた末に、「これは私には分からない。私は二十の美女を好む」に辿り着くところが最高に人間。しかもそれを言っちゃう正直さ。矛盾を矛盾のまま受け入れる、ある種の強さ。なんて魅力的なんだろう。私が心惹かれる人間は、みんなこの世にいないなあ。 てか、やっと春だなあ。安吾の小説は桜の木のあの、化物のやつがいちばんすき。春はどうにも落ち着かなくて、そわそわして、目が冴えてしまう。このままそっと起きておいて、朝になったら桜を見にいってみるのもありかも。いや、寝るかも。 - 2026年3月20日
永遠をさがしに原田マハ気になる読みたい - 2026年3月16日
一次元の挿し木松下龍之介気になる読みたい - 2026年3月12日
耳たぷ福徳秀介気になる読みたい
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