
るり
@utatanest
2026年4月13日
エクソフォニー
多和田葉子
母語の外に出る。エクソフォニーという言葉を知った時、ポリフォニーみたいだなと思ったが、多和田はシンフォニーの一種であると感じたようだ。母語という存在と、書くという行為、母語で書くこと/書けないことについて、植民地支配を抜きには語れないよなあ。植民地として支配されていた国の人が、その記憶や傷について語る時、宗主国の言語として語るということを選ばざるをえないという話を聞いたことがあったが、この本の中で出てきた、「すべて創作言語は『選び取られたものだ』ということになる。」という話とも繋がってくるのではないか。(似て非なる立場で)
多和田葉子がさまざまな土地を泳ぎ歩いて集めたかけらたちを読んだ、という感じ。多和田葉子の本の中で1番好きかもしれない。

