エクソフォニー
54件の記録
読書猫@bookcat2026年2月24日読み終わった(本文抜粋) “「自分を包んでいる(縛っている)母語の外にどうやって出るか? 出たらどうなるか?」という創作の場からの好奇心に溢れた冒険的な発想が「エクソフォン文学」だとわたしは解釈した。” “ある言語で小説を書くということは、その言語は現在多くの人によって使われている姿をなるべく真似するということではない。同時代の人たちが美しいと信じている姿をなぞってみせるということでもない。むしろ、その言語の中に潜在しながらまだ誰も見たことのない姿を引き出して見せることの方が重要だろう。” “誤訳という荷物を背負わずに旅はできない。しかし、誤訳と正しい訳が、嘘と真実のように対立しているのではなく、両方とも「訳」であり、旅であり、大袈裟に言えば、色合いが違うだけなのかもしれない。” “ひょっとしたら、わたしは本当は、意味というものから解放された言語を求めているのかもしれない。母語の外に出てみたのも、複数文化が重なりあった世界を求め続けるのも、その中で、個々の言語が解体し、意味から解放され、消滅するそのぎりぎり手前の状態に行き着きたいと望んでいるからなのかもしれない。” “書くという作業は、作者とは別のからだである言語という他者との付き合いなのだから。”
ぴぐ@pgmn2026年2月7日読み終わった↓目からウロコの考え方だった ー現代では、一人の人間というのは、複数の言語がお互いに変形を強いながら共存している場所であり、その共存と歪みそのものを無くそうとすることには意味がない。むしろ、なまりそのものの結果を追求していくことが文学創造にとって意味を持ちはじめるかもしれない。(p.90) 最後の方で多和田さんがドイツ語で日記をつけることを勧めている箇所があったが、自分も以前、韓国語で日記をつけていた時期があったことを思い出した。文法や綴りが間違っている箇所は多量にあっただろうし到底見返せたものではないが、日本語だとどうにも恥ずかしかったり正直に書けなかったりすることも、不思議なことに韓国語だと文字にすることができる経験がそういえば自分にもあったなあ。


ころもで@kimigatame482025年12月18日気になるBRC渋谷のラジオ BOOK READING CLUBを聴いて。今井楓さんが「一つの言語ともう一つの言語の間に、私的な間を見つけて落ち着きたい」といったことが作中で書かれていると紹介されており、無性に気になっている。 多和田葉子作品は未読。最初に読むのはどれになるだろうか。自分のセンサーと心のタイミングに任せて、これだという瞬間を待ちたい。



満腹太郎@mogumogu_2025年4月7日読み終わったこんなに言葉についてたくさん語れたら素敵だな〜って思いながら終始読んでいた。 言葉から言葉へと自由に渡っていく様子に憧れる。 言葉が話せる話せないで人を判断しないだけでなく、〇〇だからこうみたいな判断をしている場面がないなという印象を持った。そこに多和田葉子さんの他者へのリスペクトみたいなものが感じられて、この点でもまた素敵な人だなと思った。 ドイツ語は哲学書と日常の言葉が同じだとあって、またドイツ語勉強したい!原書読めたりするのかな!ってワクワクした。 あと、人を怒らせてしまったこととかもフツーに書いてあって、こんなにフラットに自分の体験を見つめられたらな〜って思いました。私はまだ自分の失敗と向き合ったり、ましてや文にすることは苦しいから、そういう体験も栄養にしていけたらなと思う。 最近忙しくなって、本について考える時間が露骨に減ってしまったのを感じる。もっと本読みたいよー




Rika@ri_books_2025年4月5日読んでる@ 自宅少し読み進めては手を止め、多和田さんの言葉のひとつひとつが自分の心に染み込んでいくのをじっと待つ。豊かな時間。 無印で買ったジーンズラベルの文庫本カバー、手によく馴染む素材でとても気に入ってる。ぼろぼろになるまで使い倒せるといいな。



満腹太郎@mogumogu_2025年3月23日読んでる「言葉を使っている」ことに意識的な人の文章って強さをとても感じる。 自分も言葉にこだわるようになったけど、こういう本を読むと、言葉についてこの人はこんなことも考えるのか......と驚くことが多い。読書がいつの間にかアンテナの立て方の勉強になる。




















































