

るり
@utatanest
言葉もまた、光であるということ。📚✴︎✍️
- 2026年8月22日
読み終わった対蹠人の思考実験の話が面白かった。 相容れない二つの主張について、それぞれの主張をする者が、相対するものについてわからなかったとしても、自分たちの言葉で言い換えはできて、そこについてのコミュニケーションをとることができるかも、というのはとても救い。これって対蹠人じゃなくて地球人同士でもある話だよな。 分からないけど、共にあるとかわからないままそこに置いておく、みたいなことって無理そうに見えたり、実際難しいことも多いけど、丁寧に目の前のもの/ひとに向き合い続けることで、少しずつ進んでいくのかなと思う。どういう「ことば」を使うか、心ではなく、私たちが発するものについて、考えていかないといけない。 - 2026年8月14日
これからの本屋読本内沼晋太郎読み終わったまず、デザインが可愛い。 本屋が好きで、自分も自分のための本屋が欲しい、てか本屋になりたい!と思っていたところにこの本との出会いがあった。運命かな。 背中を押してくれるような地図をもらった気分だ。あとは自分で少しずつ足したり考えたりしていけばいいかもと思えたことがすごい。時間はかかっても、やるぞ、本屋。 - 2026年8月13日
実験の民主主義宇野重規,若林恵読み終わったできることから。手を動かす。やってみる。とにかく、やる。 社会、よくなれ〜!よくする〜!と思いながら生活をしていく中で、自分に何ができるのかずっと考えているけど、とにかくできそうなことからやっていこうと改めて思った。 選挙の話で、投票の仕組みはとても強くて、暴力性を孕んでいること、「結果」だけではなくて、途中の物語がたくさん生まれていけば社会は豊かになるということが書かれていて、当たり前のことなんだけどハッとする。 選挙にすべてを委ねるのではなくそれ以外でできることや土台づくりにも目を向けていきたいよな〜。選挙だけが、社会を良くするプロセスではないから。 - 2026年8月10日
- 2026年8月6日
こぽこぽ、珈琲星野博美,湊かなえ読み終わったコーヒーを飲む人たちによるエッセイ。 コーヒーとのいろんな距離感や記憶があって面白い。コーヒーを飲むという行為をいくらでも膨らませて書けるってすごいや。 いろんな人のショートエッセイ集みたいなのはあまり読まない(集中できなくて)でいたけど、コーヒーを待つ間/飲む間/飲み終わりの余韻、で読み終えられるくらいライトな感じでよかった。 - 2026年8月1日
人類学とは何かティム・インゴルド,奥野克巳,宮崎幸子読み終わった人類学をdiscipline in the makingな学問であるとインゴルドは言っていたが、割とどの学問もそうよなと思う。人の営みの話。 私は人類学者ではないが、生きること/歩いて道を作ることあたりは共感できるなあと思う。 終わりのない営みの話、インゴルドの本を読むと生きることの初心に立ちかえることができる気がして、ふとした時に読み返している。 - 2026年7月26日
遠い朝の本たち須賀敦子読み終わった「本に読まれる」という感覚、すごくわかる。 須賀敦子のエッセイって、俯瞰するというより目線の高さが同じやなと感じることが多い。 幼い頃に読んだ本は大体、少し上の学年向けのものがおもしろかったし、どんどん次の本が読みたくなる。懐かしい感覚を思い出した。 経験していることは懐かしく、していないことも、開いたページから立ち上がってくるような(著者の)記憶と、温度のあるエッセイ。 - 2026年7月17日
ハーバーマス回想録ユルゲン・ハーバーマス,三島憲一買った - 2026年7月17日
愛について竹村和子読み始めた - 2026年7月16日
- 2026年7月14日
イサム・ノグチの 空間芸術松木裕美読みたい - 2026年6月27日
動いている庭ジル・クレマン,山内朋樹読み終わった庭を、人によって作られるものではなく、植物が人を媒介として広がる場と考えることもできるのか…と思った。常に変化し続け、「動き続ける」空間、「良い」草花と「悪い」草花の境界がない場所、人にとっての「美しさ」を追い求めずに変容していく「庭」。単に放置されているわけではなくて、人の手が入ってなお、植物の有り様をメインに変容し続け人すらもその一部となっていくというのは面白いなと思う。 庭は人のみによって作られるのでもなければ、植物のみによって作られるわけでもない。 自分たちが生きていく土地において、それぞれが「庭」においてどんな関係を築いていくのかと気になるところ。 - 2026年6月26日
庭師と旅人ジル・クレマン,エマニュエル・マレス,Gilles Clémentジル・クレマン,秋山研吉読みたい - 2026年6月26日
庭とエスキース奥山淳志読み終わった今はもういない人の「生きていく」ことについて、生前の交流を思い出しながら考え続けること。自分以外の人生について長く考えることは、自分のためなんだろうなあと思う。 他者と関わる中での「わかりたい」と「わかった」はとても難しいと感じる。わかった気にならない、でもわかったような気がする、結局わかっていない。「わかる」ってなんだろうなあ。自分の人生を生きながら、他者の人生についても考えることは、自分の庭を耕していくことにもなるのかも。 - 2026年6月13日
フーコージル・ドゥルーズ,Gilles Deleuze,宇野邦一買った - 2026年6月13日
重力と恩寵シモーヌ・ヴェイユ,冨原眞弓買った - 2026年6月13日
川のある街江國香織買った - 2026年6月13日
ヴァージニア・ウルフ エッセイ集(1003)ヴァージニア・ウルフ,片山亜紀買った - 2026年6月13日
動いている庭ジル・クレマン,山内朋樹買った - 2026年6月13日
庭とエスキース奥山淳志買った
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