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るり
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@utatanest
言葉もまた、光であるということ。📚✴︎✍️
  • 2026年5月26日
    この家で死にたいと母は言った 親を自宅で看取るということ
    わたしにもいつか来る話。 親を看取ることってなんかすごく遠い遠い話な気がしていたけど、遠い話であって欲しいけど、そうもいかないよなあと思う。 長いお別れの時間を持てることは幸運なことなんだろうな、私は、死を意識した時から、ひとつずつ、ゆっくり自分の中でお別れの準備をしていて、でもいくらやってもきっと寂しい。寂しくても、これでよかったと思える最後であってほしいな、私も、親も。そう思った読後。
  • 2026年5月23日
    呟きの遠吠え
    人のツイートって断片的にしか出会わないから続けて読むと面白いなと思う。
  • 2026年5月14日
    夜と霧
    夜と霧
    急に読み返したくなった。まさしく刻まれた言葉たち。
  • 2026年5月14日
    島とクジラと女をめぐる断片
    島とクジラと女をめぐる断片
    自分がまるで波打ち際にいるような感覚がした。
  • 2026年5月14日
    漱石とアーサー王傳説: 薤露行の比較文学的研究
    卒論で使った #2 この本を使った時に、友達から「保守やけどいいの?」と言われたのを覚えている。が、読んでいておもろいなあと当時の私は思っていたし、実際卒論は書けたわけだから良かったんだと思う。随分と飛躍はしたかもしれないが。 形式的にはかなり評論のお手本という感じで読みやすかった。
  • 2026年5月14日
    倫敦塔・幻影(まぼろし)の盾 他五篇
    倫敦塔・幻影(まぼろし)の盾 他五篇
    卒論で使った本を改めて読み返す。今ならもう少し書けるだろうなーと思ったりする。 漱石の倫敦塔、感想が面白いんだよな。本当にロンドン嫌だったんだね(笑)とか思うし。 薤露行がいちばん好きなのだけど、読んでいるとPRBの絵画が頭の中で立ち上がっていく。もっともっと読めそうな気がする、と思う。そういうことを研究していけばいいよな。きっとな。
  • 2026年5月11日
    評伝パウル・ツェラン
    その人の人生が、その人が、作品に表れるというのはよく言われている話なわけだけれど、ツェランは特にそうだなと思う。生々しく切実なほどに。
  • 2026年5月2日
    空間の経験 (ちくま学芸文庫 ト 2-1)
    空間の経験 (ちくま学芸文庫 ト 2-1)
    「場所はすなわち安全性であり、空間はすなわち自由性である。」
  • 2026年5月2日
    生きていること
    生きていること
    私が研究をする理由とか色々あるけど、誰かの/私の生を肯定したいということろもあるのかなーと思う。
  • 2026年4月25日
    華氏451度〔新訳版〕
    華氏451度〔新訳版〕
    ディストピア小説を読んでいると、作者にまだ理性があるだけフィクションの方がマシなのではと思ってしまう。昨今の情勢を見ていても、起きるたびに、世界は悪くなるばかりで、為政者の理性のなさ、視野の狭さ、すべてに毎回絶望してばかりだ。初めてこの本を読んだ時は、小説の内容を覚え、誦じるシーンで、物語への可能性と言葉というものへの執着を強く感じたことをよく覚えている。
  • 2026年4月16日
    太陽諸島
    太陽諸島
    多和田葉子の、言葉への執着をみた気がする。 続くんだな〜、旅は。 少し前に、エクソフォニーを読んだので、それと自分の中で呼応するところがいくつもあり、言葉遊びも読みづらいというより、少し立ち止まって、ひらめいて、みたいな過程が面白かった。読むことの醍醐味かもしれない。 はっきりとした終わりではないが、私たちが知ることができるのはここまでなんだなという、当たり前に続いていきますけど?みたいな最後で、私は好きだった。 それぞれ異なる背景の人々がいろいろありながらも、時間を共にする瞬間がある、という作品が手元にあることは救いだー
  • 2026年4月15日
    星に仄めかされて (講談社文庫)
    それぞれの語りによって見えてくるものは違っていて、同じ人間の話でも誰が語るかによって当たり前に印象は変わる。でもこの人は同じ人なんだなと気づく要素が(名前以外でも)多分に散りばめられていた。それと同じくらい、ひとりの人間にさまざまな側面があるということも。 前回はひとつの言語のなかにひとつではない言語があると思ったけど、今回はそれに加えて、ひとりの人間の中にひとりではない人間がいる、と感じた。
  • 2026年4月13日
    地球にちりばめられて (講談社文庫)
    多和田葉子の言語感覚ってすごいなぁといつも思うんだけど、今回は特にうわ〜!となることが多かった。すごいや。 言語というか単語の連想とか、言葉遊びみたいなものを感じるたび、多和田が書く日本語は日本語であり、日本語以外でもあって、日本語という言語の中に多和田が触れてきた言語が、まさしく散りばめられているように思う。 あとあまりにも狭いところで人の関係が巡っているのに移動範囲とか舞台が広くて、そのギャップも面白かった。次を読む!
  • 2026年4月13日
    エクソフォニー
    エクソフォニー
    母語の外に出る。エクソフォニーという言葉を知った時、ポリフォニーみたいだなと思ったが、多和田はシンフォニーの一種であると感じたようだ。母語という存在と、書くという行為、母語で書くこと/書けないことについて、植民地支配を抜きには語れないよなあ。植民地として支配されていた国の人が、その記憶や傷について語る時、宗主国の言語として語るということを選ばざるをえないという話を聞いたことがあったが、この本の中で出てきた、「すべて創作言語は『選び取られたものだ』ということになる。」という話とも繋がってくるのではないか。(似て非なる立場で) 多和田葉子がさまざまな土地を泳ぎ歩いて集めたかけらたちを読んだ、という感じ。多和田葉子の本の中で1番好きかもしれない。
  • 2026年4月10日
    パウル・ツェランと中国の天使
    パウル・ツェランと中国の天使
    大好きな多和田葉子と大好きなパウル・ツェラン…タイトルと作者を二度見したのは記憶に新しい。 ツェランの作品を読み、彼の人生について知る時、彼の言語には、あわいの部分が大きいのだろうなと思う。
  • 2026年4月9日
    触発する言葉
    触発する言葉
  • 2026年4月9日
    踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君
    帰属意思の持てなさみたいなの、わかるな〜
  • 2026年4月7日
    村田エフェンディ滞土録
  • 2026年4月3日
    わたしたちの不完全な人生へ
    わたしたちの不完全な人生へ
  • 2026年4月3日
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