
はぴ
@happy-reads
2026年4月13日
想像のレッスン
鷲田清一
読み終わった
美術館とか展覧会に行きたくなった…!
「じぶんという存在の輪郭をまさぐるとき、生きてきたというより死なないできたという事実のほうにむしろ向かい、それをまさぐるときにも捕らえるというより不意に訪れるものを待ち、その訪れるものに身を合わせるときもこぼれるものはあえてすくわない・・・・・・」
「納得は、もがき苦しんだ後にしか訪れない。とりわけひとのあいだのもめ事においては、たがいにとことん言葉をぶつけあい、ののしりあったはてに、相手がじぶんと同様、土から降りずにおなじ果てしない時間を共有してくれたことそのことにふと思いが及んだ後にしか、納得は生まれない。そこではともにもがき苦しんだその時間の確認が大きな意味をもつ」
「聴くというのも、話を聴くというより、話そうとして話しきれないその疼きの時間を聴くということで、相手のそうした聴く姿勢を察知してはじめてひとは口を開く。
そのときはもう、聴いてもらえるだけでいいのであって、理解は起こらなくていい。
妙に分かられたら逆に腹が立つ。そんなにかんたんにわかられてたまるか、と。
じぶんの人生に納得するというのもおなじで、そういうもがきや苦闘の時間をじぶん相手に確認できるかどうかにかかっているようにおもう」







