
海月
@0420_kuragebook
2026年4月13日
夜と霧
ヴィクトル・エミール・フランクル,
ヴィクトール・E・フランクル,
池田香代子
読み終わった
生きるとは。
自分がどのような精神的存在になるかについての選択は、どんな状況においても自分自身で決定を下しているのだということを留めておきたい。
人間の自由はどこにあるのか。
あたえられた環境に対してどうふるまうかという精神の自由はないのか、と。
精神的自由は最期の瞬間までだれも奪うことのできない。
わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。
人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室にひっても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。
人間はひとりひとり、このような状況にあってなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。
典型的な被収容者になるか、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。
生きることを意味のあるものにする可能性は、自分のありようをがんじがらめに制限されるなかでどのような覚悟をするかという、まさにその一点にかかっていた。
自分を待っている仕事や愛する人間に対する責任を自覚した人間は生きることから降りられない。
自分が「なぜ」存在するのか知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。

