Yamamoto Masaki "海辺のカフカ(上巻)" 2026年4月14日

Yamamoto Masaki
Yamamoto Masaki
@masa0426
2026年4月14日
海辺のカフカ(上巻)
《引用として》 (予言は暗い秘密の水のようにいつもそこにある。 ふだんはどこか知らない場所にこっそりと潜んでいる。しかしそれはある時が来ると音もなくあふれ出て、君の細胞のひとつひとつを冷ややかにひたし、君はその残酷な水の温の中で深れ、あえぐことになる。君は天井近くにある通気口にかじりついて、外の新鮮な空気を必死に求める。 しかしそこから吸いこむ空気はからからに乾ききって、君の喉を熱く焼く。水と渇き、冷たさと熱という対立するはずの要素が、力を合わせて同時に君に襲いかかる。 世界にこれほど広い空間があるのに、君を受けいれてくれるだけの空間はしーーーそれはほんのささやかな空間でいいのだけれどーーーどこにも見あたらない。君が声を求めるとき、そこにあるのは深い沈黙だ。しかし君が沈黙を求めるとき、そこには絶えまのない予言の声がある。その声がときとして、君の頭の中のどこかにかくされている秘密のスイッチのようなものを押す。 君の心は長い雨で増水した大きな河に似ている。地上の標識はひとつ残らずその流れの下にかくされ、たぶんもうどこか暗い場所に運ばれている。そして雨は河の上にまだ激しく降りつづいている。そんな洪水の風景をニュースなんかで見るたびに君は思う。そう、そのとおり、これが僕の心なんだと。 家を出る前に応蔵を使って洗面所で手を洗い、顔を洗う。加を切り、耳の掃除をし、歯を磨く。 時間をかけて、できるだけ身体を清潔にする。ある場合には清潔であるというのは何よりも大切なことなのだ。それから流し台の鏡に向かい、自分の顔を注意深く眺める。そこには僕が父親と母親から!とはいえ母の顔はまったく覚えていないのだけど1遺伝として引きついだ顔がある。どれだけそこに浮かぶ表情を殺したところで、どれだけ目の光を薄めたところで、どれだけの筋肉を身体につけたところで、顔の様子をかえてしまうことはできない。どれだけ強く望んでも、父親から受け継いだとしか思えない二本の濃い長い眉と、そのあいだに寄った深いしわをひきむしってしまうことはできない。そうしようと思えば父親を殺すことはできる(現在の僕のカをもってすれば決してむずかしいことじゃない)。母親を記憶から抹殺することもできる。でも 僕の中にある彼らの健伝子を追い払うことはできない。もしそれを追い払いたければ、僕自身を僕の中から追放するしかない。 そしてそこには予言がある。それは装置として僕の中に埋めこまれている。 それは装置として君の中に埋めこまれている。 僕は明かりを消し、洗面所を出る。
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