@s_ota92
2026年4月16日
黒猫の三角
森博嗣
p109
「何か、根拠のない不安。胸騒ぎ。不吉な、予感。本当に根拠がないのだろうか?無意識のうちに何かを計算しているのではないか?」
p113
「私は詩人であり、哲学者であり、私は科学者であり、しかし、それはすべて、私が自称するものではありません。私は、私以外の自称をしません。他人が私をどう捉えるのかは、そのプリンの姿をした羊羹の存在と同じで、一瞬の幻に過ぎない。」
p115
「「どちらかの種族は、相手を見つけることは避けることで、会うことは逃げることだと定義していた。だから、その種族からみれば、見つけられないことは、すなわち会ったことに等しい。」」
p138
「「いいえ。それは嘘。でもね、少なくとも、アウトとセーフしかないゲームじゃないの。」」
p142
「紅子が急に優しい声に戻って答えた。一瞬で人格が切り替わるようだ。」
p152
「不可思議なゾロ目の数字。」
p169
「「正義って、煙草と同じね。」」
p185
「「ただし、その理由が、言語として他人に伝達可能かどうか、あるいな、たとえ伝達可能であっても、他人の共感を得られるかどうか、という問題が残るだけなの。」」
p192
「「ネルソンなりの哲学があるんだよ。」練無は微笑む。」
p193
「他人に認識してもらえることが、そんなに嬉しい?道路標識じゃないんだからさ。」
p205
「「紅子さんに、いろいろ教えてもらいなさい。素直であれば、それで良い。」」
p205
「「誰がやったのか、わかっていない様子だったが。」小田原は指でテーブルを軽く叩きながら言った。「馬鹿な連中だな。」」
p206
「「どうやったのか、という疑問と、誰がやったのか、という疑問は、同義ではない。どちらが知りたいのかな?」」
p206
「「だから、そいつが誰なのか、わしには答えようがない。そもそも、どんな人物なのか、わしは知りたくもないな。興味はまったくない。それで娘の命が戻るわけでもない。男のことを理解したところで、わしの精神の平静が取り戻せるわけでもないのだよ。」」
p209
「「たとえば、静江が倒れていたソファの中を調べたかな?」」
p225
「「そちらはお友達かな?」」
p225
「「あれは、デルタという名でな。」「しかし、はは、黒猫のデルタとは、はは、愉快な名前ではないか。」」
p256
「「あ、あいつ、えっと、デルタ。」」
p269
「黒猫が、紫子を見上げていた。額の白い三角。デルタだった。」
p273
「とにかく、アンバランスな人格、目まぐるしく入れ替わる人格、スリリングで、スピーディで、サイケデリックだ、と練無は感じていたが、もちろん、それが嫌ではない。それどころか、とても羨ましい。とても好ましい。」
p291
「「人工呼吸したことは、しこちゃんには内緒だよ。」」
p307
「「だって、小鳥遊君も、それに、小田原長治博士も、その幽霊を見ているのよ。」」
p311
「「デルタだよ。」」
p327
「「名詞なら、不、じゃなくて、非、がつくはずでしょう?自由って、最初は動詞だったのかな。」」
p328
「へっ君は、読んでいた本を持ち上げて、紫子に表紙を見せた。」
p335
「一般的?おかしな言葉だ。平均的?日常的?健康的?道徳的?まあ、何でもいい。」
p345
「「そう思い込もうとしているだけ。」」
p348
「「でも、その価値というのは、人それぞれだよ。」紅子はにっこり微笑んだ。」
p349
「「確かに、社会の理解を得て、刑が軽くなるような殺人が存在するみたいだね。けれど、それは、逆に見れば、つまり、死刑と同じで、人が人を裁いていることになるのだよ。そういった殺人を認めることは、正義のためなら戦争を許容し、正義のためなら死刑を許容することへ進む可能性がある。正義という名前の理由さえあれば、人を殺しても良いことになる。その理由がないものは駄目だ、という理屈になる。では正義って何だい?理由とは何だい?たとえば……、そう、正当防衛は許されているよね?自分が殺されそうになったら、相手を排除できる。抵抗しても良いことになっている。ところが、それは物理的に不可避な場合だけで、精神的な攻撃は適用されない。精神的にどんなに痛めつけられても、相手を殺してはいけないことになっている。これ、どうしてだと思う?人によっては、精神的な攻撃の方が耐えられない、という人格だってあるんじゃない?その答は簡単。つまり、精神的なダメージが測れないから。定量的に観察できないから。すなわち、躰なら怪我が見えるのに、精神の怪我は見えない。ただそれだけの理由です。そもそも、人間の作り出したルールなんて、まだその程度のレベルなんだ。」」
p352
「「ええ、つまり、それを食べないと自分が餓死してしまう、という正当防衛で鳥を撃つわけ。その種のハンティングは許される、神も許してくれる、という思想は、歴史的に見ても根強いな。確かにそれはある。人間は、牛や豚を殺して食べているし、他人の利益を搾取して、自分の生活を守る。それは、日常にとても近い行為だよね。それに比較して、趣味のハンティングは、人間だけがする行為だわ。だから、それは、より人間的な行為といわざるをえません。とにかく他の動物には真似ができないんだもの。人間だけが思考し、言葉を話し、子孫に歴史情報を伝達し、哲学を構築し、科学を築いた。あらゆる芸術を生み、それを美しいと感じ、美しいものを愛した。もし、これが人間性だとしたら、意味もなく他の生命を奪う行為は、これと同じ部類のものだ、と私は確信している。だから、より人間的で、より高尚で、より芸術的で、より純粋な動機といって良いでしょうね。ただし、その実行を認めるわけにはいきません。それ、忘れないでね。それを高尚だといっても良い。美しいといっても良いわ。それなのに、実行だけは、絶対に認められない。何故だかわかる?」」
p353
「「私は、自分が殺されたくないからです。それ以外に理由はないわ。私は、もう少しやりたいことがあって、もう少し生きていたい、という極めて個人的な希望を持っているの。勝手で我儘だけど、そうなんだからしかたがないわ。つまり、それだけ、それだけなのよ。だから、その、美しいかもしれない殺人を、私は認めるわけにはいかないの。それは、私のエゴです。私が殺されたくないから、みんなも殺さないで、という自分に都合の良いことを主張しているわけ。そのエゴが集まって、社会のルールを作っているだけのことなんだ。これは、正義でもなんでもないわ。」」
p354
「「牛乳とコーンフレークです。これが一番好きで、幸せだとおっしゃいました。」根来が悲しそうな表情を見せた。「まあ、本当に……、あの子は天使よね。」紅子は目を細める。」
p356
「紅子は片手を伸ばしてVサインをする。」
p364
「「林は弱き桑を選ぶ。」」
p367
「「あの、素敵。」紅子が突然言った。」
p369
「「でもね、これが、黒猫のデルタなんだよ。」」
p373
「「僕は、それが知りたいな。人を殺してはいけない、ということになっているけど、でも、虫や植物は殺しても良い。意味もなく殺しても罪にならない。魚や鳥、牛や豚も殺されますね。じゃあ、人間はどうか……、日本だけで一年に何万人もの人が自殺しています。事業に失敗して、受験に失敗して、恋愛に失敗して、人は自殺する。それはつまり、誰かが成功したからではありませんか?人は人を蹴落として這い上がろうとする。良い成績を取り、良い業績を上げ、人より得をし、人よりも幸せになろうとする。それで、敗れた者のうち何人かは、死んでいく。そうじゃありませんか?だとしたら、僕らは誰だって、知らず知らずのうちに、間接的に他人を殺していることになる。誰も殺さないでいたいのなら、勉強をしたり、仕事をしてはいけない。お金を儲けたり、得をしてはいけない。幸せになってはいけないことになる。戦争みたいな単純でわかりやすい人殺し以外にも、同じような殺し合いは、日常的に行われている。そうじゃありませんか?」」
p374
「「沢山の固定観念が作られる。どんどんどんどん、その固定観念で人間は鈍化していく、それが、歳を取るってことだ。何故か?それが一番安全で、楽ちんだからです。人を殺すことは道徳的ではない。年寄りはいたわるべきだ。友情は美しい。努力は報われる。こういうのって、いったい何でしょう?どこの誰が、こんな陳腐な法則を考え出したんでしょうね?まあ、人類の九十九パーセントは、こういった理不尽さも鵜呑みにできる鈍い連中ですから、彼らを統治するために、一応のガイドラインを作っておかなくてはまずい……、そう、たぶん、そんな発想だったんでしょう。世の中には、テンプレートが必要なんです。定規がないと、線も引けない連中が多い。何かないと不安なんです。自由な思考、自由な価値観を持つことが恐い。そんな連中で溢れているんです。」」
p375
「「テストでわざと間違えたことがありますか?」」
p389
「「そう……、他人には、そして社会には、そんな理由が、何故か重要なんです。だけど、そんなもの、すべて偽善ですよね。作り物じゃありませんか?まったくナンセンスだ。僕には無関係です。僕には、影響しない。僕の精神、僕の思考は、そんな不確かなものの影響を受けたくない。」」
p394
「「じゃあ、不本意ですが、説明しましょうか。そんなこと、あと十分もすれば無意味になる。僕は無意味なことは嫌いなんです。だけど、今の貴女が望んでいるようなので、今この場のサービスとして、話しましょう。今の貴女はとても綺麗だし、今、僕が作ってさしあげた飲みものと同じ。氷と同じだ。すぐに溶けてしまうし、やがては蒸発するけど、今はとにかく、冷たくて、気持ちの良い飲みものなんだから……。」」
p400
「「貴方は、言葉を駆使して、自分の歩いてきた道の舗装をされているだけよ。」「貴方は、後ろ向きに掃除をしているだけ。」」
p405
「「固定観念で鈍化し麻痺すること、それが、僕の唯一恐れる対象です。」」
p412
「「貴女は率直にものを言う人だ。でも、残念ながら、そういった感情は僕には無縁です。友情ですか?それは、単なる思い込みですよね。実態は存在しない。勇者というのは、信頼できる友人がいる幸せな自分、それを思い描くための小道具に過ぎません。意図的にそう思い込ませている。うーん、つまりは、ドレスみたいなものですよ。それを着ると綺麗に見える、という思い込みです。共通認識、あるいは約束、といっても同じかな。他人にに支配されたい人間、思考を停止したい人間たちの持つ馬鹿馬鹿しい価値観の一つです。」」
p422
「瀬在丸紅子にとっては、その手の嘘は、テストでわざと間違える一問と同じだった。」
p424
「「まあ、しかし、いいからいいから。気にせんといてな。君は君の人生を歩めばよろしい。勝手やし、自由やし、立ち入ったこという気は毛頭ないんよ。そもそも、暑苦しい、言うても、暑いんは私やない。君自身やもんな。」」
p425
「「おや、今日はまた新しいお友達だね。」」
p431
「「ああ、クロネッカのデルタ!」」
p432
「「最先端の自由な発想とは、理由も、言葉も、理論も、まだないところへ飛ぶことなの。そこへ飛躍できた人だけが、そのインスピレーションを掴むことができる。それを凡人が、あとから丁寧に理屈をつけて、そこまで行ける道を作るわけ。」」
p434
「「保呂草さん、そういえば、ニコニコでよく上がったよね。」」
p436
「ネルソンが鳴いたことなど、今までに一度もなかったのだ。」
p444
「「ほら、さっきの法則。」保呂草は言った。「0が二つ入っているから……。」」