
酸菜魚
@suancaiyu
2026年4月16日
あのころの僕は
小池水音
読み終わった
@ 自宅
初めて読んだ小池水音。
朝井リョウのラジオで、自らをパフェ代表として発言する小池水音さんの話を聞いて、これは不思議な人に違いない、と思いたどりついた。笑
やさしく、淡々と描写されながら、胸がときおりギュッとなる。
母親を失った5〜6歳のときの自分を思い返す語りでありながら、「母親を失った子ども」とぎこちなく接する大人たちを描いている。
大人は人との別れを、噛み砕いて飲み込むことができる。子どもはまだ自分の気持ちを、考えを自分でうまく理解することができない。
どんなに言葉巧みな大人でも、子どもに自分と同じように目の前の別れを解釈させることはできない。
それは、自分だけにしかわからないことであり、自分だけがわかればいいもので、自分で自分と対話しながら徐々に理解していくしかないのだ。
***
〈関係ない思い出〉
自分が幼稚園の年長だったころのことで覚えているのは、写真が嫌いだったことと、折り込みチラシを細く丸めて硬い棒を作るのが得意だったことくらいかな。
あと、給食で出てきたミックスベジタブルが食べられなくて、他のおかずの下に隠して食べたように見せ、先生にOKをもらおうとしていた姑息な自分。笑
写真が嫌いだったのは、数秒でもじっとしているのがもったいなかったからだと思う。
楽しいことがいっぱいあるのに、大人に付き合ってじっとしていられるか!と、撮り終わったらすぐに走り出していたような。




