活字畑でつかまえて "レキシントンの幽霊" 2026年4月20日

レキシントンの幽霊
『レキシントンの幽霊』 いい短編だな。 すらっと読めるのに深い読後感。 さすが短編の名手である。 この作品はちょっと言葉にできないな。 ただ感じた方がいいし感じたままがいい。 眠りは言葉を超えているし言葉なんて寄せ付けないから。 ただ眠ることで死者と一体になる。 「つまりある種のものごとは、別のかたちをとるんだ。それは別のかたちをとらずにはいられないんだ。」 『緑色の獣』 これもいい短編だな。 土の中の深い深い所からプロポーズしにやってきた緑色の獣。 緑色の獣が鼻の先を細くして鍵穴に突っ込み、ドアの鍵を開ける所はふつうにこわい。 獣はプロポーズをしにきたのだが 勝手に鍵を開けてしまっては人間の世界では犯罪行為でありストーカーである。 主人公は獣がとても傷つきやすい出来たてのマシュマロのような心を持っていると分かった途端、残虐性が爆発し歯止めがきかなくなる。 本当の獣はどちらなのか 考えさせられる。 『沈黙』 傑作中の傑作。 大沢さん。いいな。 「忘れたいものは忘れられないんです」 自分にとっての青木を思わずにいはいられない作品だ。 そして フィッツジェラルドの『グレート•ギャツビー』で ギャツビーの死後、ニック•キャラウェイが 道でバッタリ会ったブキャナン夫妻に感じる嫌悪と あまりにも子供じみた「不注意な人間」がもたらす害悪を描いた場面を想起させる。 大沢さんがいうように そんな子供じみた不注意な人間たちに 「負けるわけにはいかない」 「人生そのものに負けるわけにはいかない」し 「自分が軽蔑し侮辱するものに簡単に押し潰されるわけにはいかない」んだということに尽きる。 凄まじい作品だ。 『氷男』 詩的でいい作品だ。 まるで氷男のようにつかめない作品だ。 決定的な一言というものがある。 その場が凍りついてしまう一言が。 その相手を凍りつかせてしまう一言が。 発した言葉は取り返しがつかない。 氷山のように聳え立つ。 我々は自らがめぐらせた氷の世界で生きていくしかないのか。 『トニー滝谷』 どうしたらこんなに流麗な文章が書けるんだろうな。 淀みない文章の極致。 『七番目の男』 ちょっと宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』っぽいかなと思ったけど、やっぱりちがうかも。 凄まじい表現力をもった短編だ。 「波は音もなく、何の気配もなく、そのなめらかな舌先を私たちのすぐ足もとにまでこっそりと延ばしていました。」 「波は向きを転じ、荒くれた叫びを残しながら、全速力で沖に向かって引いていくところでした。まるで地の果てで誰かが巨大な絨毯を思いきり引っ張ったみたいに見えました。」 こんな表現が可能なんだな。すごい。 『めきらやなぎと、眠る女』 オリジナル「めくらやなぎと眠る女」に手を入れ原稿量を約4割減らした改訂作品。 バスに居合わせ老人たちの不気味さがなくなってしまっているのが残念だ。 病院の食堂で無意識に灰皿の中で 砂糖とミルクを吸殻で泥のように混ぜる描写もなくっている。あれがよかったのに! たしかにオリジナルの方は タイトルにめきらやなぎが入っているのに 他のエピソードが粒揃いすぎて奥に引っ込んでしまっている印象があった。 そのタイトルである必然性が感じられなかった。 しかし改訂版の方だと このタイトルであることに納得がいく。 だが、やはりオリジナルに比べると作品の魅力が劣ってしまっている。 めくらやなぎは『星の王子さま』の バオバブの木のようだと思った。 まさに村上春樹的というか 人は怠ってきたこと遠回しにしてきたこと逃げてきたことといずれ向き合うことになるし それは取り返しのつかない事態を引き起こし 決定的に自分を、いや大切な人を 損なってしまうかもしれないということ。
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