
Sanae
@sanaemizushima
2026年4月17日
読み終わった
すごく勉強になった。著者の大竹さんがこの本を書いてくれたこと、このプロジェクトを進めてくれたことに感謝したい。読めて本当によかった!
ルワンダといえば、フトゥがトゥチに対して起こしたジェノサイドしか知らなかったのだが、心の傷を負って、著者のプロジェクトで取り組んだ人びとはその限りではなかった。90年から起きた内戦、ジェノサイド、そして滞在した村で最も被害が大きかったのはジェノサイドのあとに起きたアバチェンゲ紛争だったそうだ。ニュースで見てきたように傷ついているのはトゥチだけではなく、そのように簡単に民族で括って見ることができるものではないことをまず思い知らされた。
欧州からの支援も心の傷を癒すために介入があったそうだが、初期はことごとく失敗。それは文化背景を見ることなく、西洋での治療法をそのまま当てはめることによっての失敗だったそうだ。
「キニャルワンダ語にはコミュニティの該当する言葉がなく、代わりにバリエーションに富んだ多様な種類の社会集団があって、それらはひとつひとつ異なる言葉で呼ばれている。」(p141)
このような社会集団で生きる人びとが戦争で分断されるが、それでもやっぱり傷ついた心の傷を癒すのも社会集団であるということに驚く。
聴き取り、寄り添い、そこに暮らす人びとを理解することを地道に積み重ねてこられた結果、村に住む人びとからの厚い信頼を得ていることが読んでいてよくわかる。
村の中には村八分となったような人もいた。ある人はメンバーの努力により解決されたケースもあったし、「付き合いが悪い」というようなことで孤独に生活する者もあったが、著者がその人の背景を分析することで誤解を解き、再び共同体生活に戻っていく者もあった。
村の老いた女性が、鬱症状でこもりがちな女性と老いた母親の二人家族のことを考えて発した言葉が印象的だった。
「みなさん、行動をともなわない愛に意味はない。そんなのはただの見せかけの愛だ。祈ることを止めてでも、彼女のために実際に何ができるか、今すぐに考えよう。」(p204)
生きる人の強さと美しさ。またこの本に戻って来る時があると思う。









