綾鷹 "充たされざる者" 2026年4月17日

綾鷹
綾鷹
@ayataka
2026年4月17日
充たされざる者
充たされざる者
カズオ・イシグロ,
古賀林幸
著名なピアニストのライダーが、あるヨーロッパの町で「木曜の夕べ」という重要なコンサートに向け、住民たちの理不尽な要求や混乱に巻き込まれ、目的の演奏会にたどり着けない夢のような不条理を描いた長編小説。 読み切るのにかなり時間がかかってしまった。。 昔の世界文学のような難しさがある。。 登場人物が喋りまくるのはドストエフスキーを思い出した。 こんなに色んなことに巻き込まれて、こんな結末なんて...とショックだったが、そもそも人生とは不条理なことばかりなのかもしれない。それでも案外大丈夫。 ・「あなたもほかのみんなと同じなのね」その声には、かすかに怒りが感じられた。「まるでこの世の時間が永久に続くみたいに行動してる。ほんとに分かっていないの、そうでしょう?パパはまだゆうに何年かは生きるかもしれないけど、決して若返ることはないのよ。ある日逝ってしまったら、遺されるのはあたしたちだけ。あなたとあたしとボリスだけ。だからあたしたち、急いでやらなくちゃ。すぐにも自分たちのために何かを築かなくちゃ」彼女は深いため息をつくと、目の前のコーヒーカップに視線を落として頭を振った。 「あなたは分かっていない。急いでやらないと世界がどんなに寂しいところになるか、分かっていないのよ」 ・「それから、彼は思い起こします」ペダーセンは続けた。「若いころの重要な転機、彼がいまのような生活にすっかり身を落ち着ける前のことを。さよう、たとえば、どこかの女性に誘惑されそうになったときのことを、思い出すかもしれません。もちろん、彼は取り合いませんでした。そんなことをするには、きまじめすぎましたから。それとも臆柄だったからか、あるいは若すぎたためか。彼は、もしあのとき別の道を歩んでいたら、もう少し...愛や情熱に自を持っていたら、と考えます。あなたにもお分かりでしょう、ライダーさま。年寄りが、あの重要な転機に別の道を歩んでいたらどうなっていただろうと、ときどき夢想するのがどういうものか。町にとっても、社会にとってもそれは同じことです。ときどき過去の歴史を振り返っては、こう自問するんです。『ああ、もしもかくかくしかじかだったなら、いまごろどうなっていただろうか…・・・.」と。ああ、もしどうだったらと言うんでしょうかね、ライダーさま?マックス・サトラーに、彼の望むとおりにやらせていたら、ですかな?いまごろはもっと違った町になっていたはずだと?いまごろはアントワープのような町に?それともシュツットガルトでしょうか?正直なところ、わたしはそうは思いませんよ、ライダーさま。なにしろこの町には、特別なものが、とても根深い特別なものが、あるんですから。それは五代、六代、七代たっても、とうてい変わりますまい。サトラーは、ひらたく言うと見当違いの男でした。夢ばかり追う人間でしてね。たとえ彼が思いどおりにやっていても、基本的には何も変わっていなかったはずです。このわたしの友人とまさに同じで、彼は彼なのです。たとえどんな重要な経験をしても、変わりようがない。さてライダーさま、着きましたよ。この階段をおりれば、道路にお戻りになれます」 ・「あなたの傷」ミス・コリンズは静かに言った。「いつだってあなたの傷」彼女の顔が醜く歪んだ。「ああ、どんなにあなたが憎いか!わたくしに人生を無駄に過ごさせたあなたが、どんなに憎いか!わたくしは絶対にあなたを許しません!あなたの傷、あなたのばかばかしい小さな傷!それがあなたのほんとうの恋人なのよ、レオ。あの傷が、あなたの生進のただ一人のほんとうの恋人!わたくしにはどうなるか分かっていますわ、たとえ二人が努力しても、たとえ二人が何とか最初からやり直そうとしても。音楽もそう、まったく同じじゃありませんか。たとえ町の人たちが今夜あなたを受け入れても、たとえあなたがこの町の名士になっても、あなたはそんなものをすべて壊して、何もかも壊して、以前と同じようにまわりのものを全部めちゃくちゃにしてしまう。それもすべてが、あの傷のためなの。わたくしにしても音楽にしても、あなたにとっては、ただの慰めを求める 妾にすぎません。あなたはいつだって、あなたの唯一の恋人のところへ帰っていく。あの傷のところへ!そしてあなたは、わたくしがなぜこんなに怒っているのかお分かりかしら?レオ、わたくしの言葉を聞いてます?あなたの傷なんて、何も特別なものじゃありませんわ、ちっとも特別なものじゃありません。この町だけにだって、もっともっとひどい傷を持ってる人がたくさんいるのを、わたくしは存じています。それでもあの人たちは一人残らず、あなたよりずっと立派な勇気をもって頑張っていますわ。自分の人生を生きています。何か価値ある存在になっています。なのにレオ、ご自分のことを振り返ってごらんなさい。いつだって自分の傷を気にかけてばかり。あなた、聞いてます?わたくしの言葉を、ひとこともらさず聞いてちょうだい!あなたにいまあるのは、あの傷だけよ。わたくしはかつて、あなたにすべてを捧げようとしたこともありましたけど、あなたは興味を示さなかったし、二度目の機会を与えてもくれなかった。どんなにわたくしに人生を無駄に過ごさせたことか!どんなにあなたが憎いか!わたくしの言葉が聞こえてます、レオ?ご自分を振り返ってごらんなさい!これからあなたはどうなるとお思い?ええ、言ってあげるわ。あなたはこれからどこか恐ろしいところへ行くのよ。どこか暗くて寂しいところへ。そしてわたくしは、あなたについては行きません。自分一人で行ってちょうだい!あのばかばかしい小さな傷とご一緒に、一人で行ってちょうだい!」
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