doji "生活史の方法" 2026年4月18日

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@doji_asgp
2026年4月18日
生活史の方法
メディアで働いていたころは名前が通っていたりその道での実力者などの大きな語りをタイトルと見出しをつけてまとめることを求められていたけれど、徒に礼賛することを義務化するような指示が下されるといつも違和感があった。いまはどちらかというとそのひとにとって最初で最後のインタビューになるような、企業で働く「ふつう」のひとを対象に仕事をしているので、そういった感覚は薄れたけれど、メディアのトンマナをだれもが内面化していて、小さかった語りを大きくすることを求められることもある。そんなときに生活史の語りを読むことでじぶんはずいぶんと助けられたと思うのだけれど、本書の方法の大半に頷きながら、いざ書き方の章になったときに、ここまで「そのまま」にできるだろうかと立ち止まってしまうじぶんがいて、まさか書き手としての自我があるなんて思っていなかったと、恥ずかしい気持ちになりつつあたまを抱えてしまった。ほんとうはこう言いたかったのではないか、という気持ちをできるだけ話し手のパーソナリティから乖離のないように編集を加えること、をこれまであたかも丁寧さを実践する一つの方法だと考えてきたけれど、聞き書きの場合それはエゴになる。じぶんが聞きたいことははっきりしているけれど、なぜそれを本にしたいのか、どう読まれたいのかについては、もっと考えないといけない。
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