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doji
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@doji_asgp
フリーランスのライター・編集者、ときどき音楽制作
  • 2026年7月9日
    新装版 ペルーからきた私の娘
  • 2026年7月9日
    夜明けと音楽
    夜明けと音楽
  • 2026年7月9日
    8月の果て
    8月の果て
  • 2026年7月8日
    プライヴァシーの誕生
  • 2026年7月2日
    この世の果ての家
    この世の果ての家
  • 2026年7月2日
    インフォーマル
    インフォーマル
  • 2026年7月2日
    崩れゆく絆
    崩れゆく絆
  • 2026年7月1日
    STATUS AND CULTURE
    STATUS AND CULTURE
  • 2026年7月1日
    文学とは何か
    文学とは何か
  • 2026年6月29日
    アメリカーナ
    アメリカーナ
    ナイジェリアに生まれること、ラゴスで生活すること、オバマの当選に涙すること、縮毛矯正に肌を痛めること、そして非アメリカ黒人でいること、そのすべてが当事者の視点から生き生きと語られていて、アディーチェがある日のTEDトークで語るように、黒人たちを「シングルストーリー」で語るまいという強い意志を感じる。そういった政治性だけじゃなくて、ほんとうに王道のラブストーリーとしても読み応えがあって、イフェメルの感情や衝動がありありと目に浮かぶ筆致にため息が何度も出た。ひさびさに2段組の500pのハードカバーを読んだけれど、この長さを読むことでしか味わえない愉しみというものがある。もっとアディーチェを読もう。
  • 2026年6月29日
    最強国の条件
    最強国の条件
  • 2026年6月22日
    小説の諸相
    小説の諸相
  • 2026年6月22日
    テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
    テックと資本主義の変遷をそれなりに追っていた身からするとこの絶望的な状況について理解はしていたつもりだったけれど、それを「テクノ封建制」と語ることで、いかに資本をもたないわれわれが農奴化したのかという捉え直しがおき、ますます気分が落ち込んでいる。小市民としてこれから幸福に生きるにはどうすればいいのだろう。
  • 2026年6月22日
    イン・ザ・メガチャーチ
    いまの日本の空気とイシューをすべて書いてやるという気迫を感じて、忠実に切り取ることにこれ以上ないほど成功しているのだろうなと思った。推し活をしたことがないので完全な感情移入はできなかったものの、ここで描かれている男性として生まれて歳をとっていくことの孤独や、会社員としての安定を手にしなかった不安はどうしたってもわかるし、登場人物たちが視野狭窄によってどんどん歩みを進めてしまうことに胸が痛くなった。 モノローグと他者のセリフが同時進行に展開していくのはこの作家の得意技というか、テキストだからこそできることであり、複数のシーンを編集でつなぐ映画のような効果を生んでいると思う。同時に、たぶんこれはぼくの問題だろうけれど、おなじ推し活を描いた『推し、燃ゆ』が題材との距離を突き抜けてこちらに侵入してきたのに対して、なぜだか本書はそこまで感じいることはなかった(なぜだかと書きつつ、それはぼくが翻訳小説ばっかり読んでいてその影響下にある文体に心地よさを感じるから、というのが大きいんだと思う)。 読む終えて胸の中心に深い悲しみが残る。陰謀論にはまることも、推し活にお金と時間を溶かすこともできず、かといって橋本や国見のようにそれらを利用する側にもいない。日本に生まれて生きているのに、ずいぶんとそのことから距離をとって生きてきてしまったのかもしれないなと、言いようもない孤独も感じた。
  • 2026年6月19日
  • 2026年6月16日
    わたしたちが光の速さで進めないなら
    わたしたちが光の速さで進めないなら
  • 2026年6月14日
    メルロ=ポンティ・コレクション
    メルロ=ポンティ・コレクション
  • 2026年6月14日
    置き配的
    置き配的
    発言しないことが意思表示になってしまうSNSの状況について、疎密のキーワードで語るところに納得感があった。密の空間はなにか言わなくてはならない気持ちにひとをさせるし、そのことが不必要な対立と炎上と齟齬を生んでいる。その時に、いかに疎の空間で表現するのかを考えた著者が選んだのが自身のwebサイトでの日記という、インターネットが一周回って戻ってきたような帰結にも頷ける。 さまざまな思想や哲学を引きながら、置き配的になっていく社会への考察が展開されていくのをおもしろく読み進めることができるのだけれど、そこで前提とされている著作や議論の文脈の理解度に、本書の没入感もやや左右されてしまうかもしれない(アクターネットワーク理論のあたりはさいきん読んだばかりだったので腑に落ちた)。キーワードや固有名がある種のメタタグのとして仕込まれていると考えると、批評そのものが置き配的であるのかもしれない、
  • 2026年6月11日
    エレクトリック
  • 2026年6月8日
    知覚の宙吊り(986)
    知覚の宙吊り(986)
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