@s_ota92
2026年4月22日
月は幽咽のデバイス
森博嗣
p17
「シンプルな返答だ。森川素直という男は、そもそもシンプルな人格なのである。当然ながら、友人たちからは「すなお」と呼称されている。」
p28
「「それそれ、もちろん、知っていますとも。月夜のバンパイアでしょう?」」
p28
「そもそも、噂話とはいうものは、荒唐無稽なほど伝播が速い。広まるほど、ますます荒唐無稽に磨きがかかる。」
p28
「「完全燃焼すれば、煙は立ちませんけれどね。」」
p32
「大きな真空管や黒いトランスがシャーシから突き出し、その同じ配列が何度も繰り返されている。この状況を絵に描きたかったら、コピィ・アンド・ペーストを多用することになるだろう。」
p46
「「ジャン・リーレムですね。」」
p51
「こういった会話の内容が厭味に聞こえるとしたら、それは心が貧しい証拠であろう。」
p59
「「偶然のうちの半分は、人の努力の結晶です。」」
p62
「ピンクあるいは紫色に光っていた西の空は、おそらく自らの意志とは無関係に、既に深いブルーに変色していた。こういった時間帯には、あらゆる存在に戸惑い、そして、ほとんどのものを切り捨てられる気分に襲われるものだ。それを勇気だと錯覚する幸せ者もいる。」
p75
「十というのは、もともと大してきりのいい数字ではない。」
p76
「「少なくとも、親友になるのは。」紅子は言った。「恋人になるよりも、ずっと難しいと思う。」」
p93
「むしろ、毎日別人の紅子が生まれているとさえ、思えるくらいだ。昨日の紅子に反発して、新しい紅子が作られる。」
p96
「白と黒、天使と悪魔の色だ。その対照的な雰囲気がさらにコントラストを強調して、彼女たちを美しく見せる。」
p97
「「なんだか変。酔ったのかしら。今、隣の部屋で、グラスを落としてしまって、暗かったから……。割れてしまったみたい。あとで、兼元に掃除をさせなくては……。」」
p102
「「月夜がいけないんだって。」」
p113
「オーディオ・ルームには、紅子と保呂草の二人だけになる。そう、生きている人間は二人だけだった。」
p127
「否、そう思いたいのだろう。思いたければ、思えば良いのだ。」
p140
「七夏の娘と、紅子の息子は、実は兄妹なのである。父親が同じなのだ。」
p143
「こういう場合には、自分たちは酔っ払っているのだ、という普段とは逆の認識が一種の精神シールドと化し、人間は羞恥心を簡単に弱めることができる。誰でもが持っている能力だ。」
p159
「「ごめんなさい、私、ちょっと今夜、頭が痛くて。こういうときって、何かを壊したくなりません?何でもいいから、近くにあるものを叩き壊してしまいたいの。」」
p163
「「さあ!そろそろオオカミ男が出るぞう。」練無は押し殺した声で勢い良く言った。「次は、満月だし。」」
p165
「つり合っていないはずなのに、つり合っている。」
p173
「また、犬の遠吠えが聞こえる。唸るような高い声。見上げると、いつの間にか、竹林の上に、白い満月がぼんやりと光っていた。」
p182
「PPMの単位が必要なほど薄い。」
p199
「「実は、この篠塚邸を設計したのは僕なんですよ。社長に依頼されましてね。もう、六年か七年もまえになるね?」」
p205
「「何故か、0って、1に一番近い数字ですものね。」」
p208
「「堂々廻り。」」
p211
「「そうかしら……。新しい情報だけで、新しい発想があるなんて、思えないわね。情報は思考を限定するだけです。発想に必要なものは……。」」
p213
「「どんな状態になろうと、誰も、私を哀れむことはできません。」紅子はそれを微笑みながら、実に優しい口調で話した。「私が私を哀れまないかぎり。」」
p218
「コンタクトレンズほど軽く、秋を想わせる風が吹く夕刻。」
p219
「小学校六年生になる紅子の長男、通称へっ君も、休みはだいたい独りで図書館へ出かけている。」
p224
「「月夜の晩に、オオカミの遠吠えが聞こえるとか……。」」
p230
「「そうか、世の中、結局はケーキなんだなあ。」」
p243
「玄関のドアが開いた。思わぬ方向からの新来者を全員が見た。ナップサックを背負った少年が戸口に立っている。「あら、へっ君、おかえりなさい。」」
p246
「周りの砂が流れていることが、一個の小石で、認識される。けれど、その一つの小石の存在が、最後には、流れを阻害するだろう。」
p270
「「007危機一発とか?」森川が言った。」
p271
「「いたただきます。」機千瑛の隣で、紅子の息子が手を合わせた。」
p273
「「理科の時間に、樹が養分や水分を地面から吸い上げるって習ったんだけど、導管っていう、パイプで、上の方へ水を送るんだよね。」」
p275
「自分が不幸だとは思わない。自分は常に最善の道を選択したのだから、今よりも幸せになれなかったはず。過去のどこを探しても、間違いはなかった。どこへ戻っても、きっと同じ道を選ぶだろう。ただ一つ、後悔することがあるとすれば、他人を許容しようと思ったこと。他人を信じたこと。他人を愛したことか……。後悔?しているだろうか?わからない。後悔って、何のためにするものなのか?そもそも、それがわからない。夢を見るのと同じだろうか。わからない。でも、人を好きになった。とにかく、心残りは、それだけだ。それは、もう肌に刻まれたものと同じ。その蟠りだけが、余熱のように残る。決して消えることがない。消えてほしくない。」
p293
「黒くて、大きい、獣だった。」
p300
「「馬鹿にしやがって!」」
p301
「「知ってます?あの人の渾名?」」
p304
「オオカミ男が、どうのこうのって。まさか、本物だったなんて……。」
p313
「「待て!」男の叫び声。それは意訳であって、実際にはもっと動物的な音だった。」
p317
「人間は、しかし、必ずこうした場面で不安を分かち合おうとするものなのだ。実は、言葉にしたところで、実質的に分かち合えるわけでもないのだが。」
p319
「「月と、火と、白。」」
p321
「「わかった、熊ですね?」」
p321
「白だった。白、白、白。」
p325
「最悪のシナリオが頭に浮かぶ。篠塚家には、とんでもない秘密がある。練無はそれを目撃した。確かに見た。屋敷の地下に、猛獣がいるのだ。」
p331
「「貴女のペットを見た。」」
p335
「瀬在丸紅子が跳んだ。彼女は床の上にスカートを広げて構える。両手を真っ直ぐに突き出し、桜井の顔面の僅か一メートルのところに、拳銃を突きつけた。」
p337
「「私が貴女に嘘をつかないとでも思ってるわけ?」紅子は口を斜めにする。「ばっかじゃないの?」」
p340
「「オオカミか熊でも見たのでしょう?」ピアノの前にいる紅子が言った。「それにちなんで、組曲、オオカミと熊を弾いて差し上げましょうか?」」
p348
「「音というのは、物体が歪み、振動して発生します。」」
p358
「完全な笑顔で相手を罵倒することができる。」
p359
「すなわち、複雑さを鵜呑みにすること。ただ、やはり、それは難しい。楽では無いし、面倒なのだ。結局のところ、それに尽きる。人は面倒なこと、難しいことを避けたがる。」
p366
「「そう、この高低差によって、水が外のプールから中へ流れ込み、水槽が溢れた。そして、もう一度、この部屋の高さがもとに戻ったとき、今度は、中の水槽は上端まで水が達しているし、外のプールは、室内に流れた分だけ水面が下がっていたから、逆に中から外へ水が流れた、というわけ。」」
p369
「「オスカー!オスカー。おいで、こちらへおいで。」」
p373
「「一番、無意識に起こったように見えたものが、実は意図したもので、逆に、意図的に行われたように見えたことは、ことごとく偶然の結果だった。これが、今回の事件の最大の特徴といえるでしょう。」」
p382
「「月の光は、どこの里もまんべんなく照らす。でも、空を見上げて、それを眺める人だけが、月を知る。月は、その人たちの心の中に住む。」」