
DN/HP
@DN_HP
2026年4月22日
非色
有吉佐和子
かつて読んだ
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とある会話をきっかけに「ほぼニューヨークのハーレムが舞台」だから、と友人が送って下れた一冊。たしかはじめて読んだ有吉佐和子さんの小説だった。3年前の話。
裏表紙の内容紹介を読んだりすると、ちょっと湿ったというか落ち着いた感じを想像してしまうけれど、このタフな女性の葛藤と叛骨の物語は、あつい、といいたい気がしてきた。
本文中でも主人公が自分を揶揄するように女王という言葉が使うシーンがあるけれど、「クイーン」が「クイーン」であるために、あるいは「私」が「私」であるために、社会とそこにある偏見や差別、その構造に自分自身のコントロールを奪われないよう、解決も答えも出ないなかでも悩みながら闘争するように生活していく。そんな話として読んだ。
主人公のキャラクタと同様に語り口もかなりミリタントで、最初は少し戸惑ったけれど、その感じが推進力にもなってめちゃくちゃ読ませるのフロウになっているのも良かった。
「人間は誰でも自分よりなんらかの形で以下のものを設定し、それによって自分をより優れていると思いたいのではないか。それでなければ落着かない、それでなければ生きて行けないのではないか。」
ニューヨークで徴兵された黒人が敗戦国の日本でのみ感じる「平等」と彼との娘に向けられる日本人からの視線と差別。ニューヨークに帰った黒人の置かれた境遇と彼らがプエルトリカンに向ける差別、当時の日本人が「白人」と括ってしまうなかにも存在する「序列」と差別。それらは「戦争花嫁」にも同様に向けられていて。
それらを目撃し体感し、ときに自らも差別をしてしまう側になりながらも、それらに従い続けてコントロールされることを拒み、その度に立ち止まり時に後退しながらも悩み答えを探していく。
そんな彼女の悩む姿をもどかしさと共感を感じながらも読んでいると、「システミック・レイシズム」という言葉と、それと同時に知った気がする「システミックでない人種差別など無い」という言葉も思い出す。
「人種」自体もそうだし、そういった当然と思わせてくるようなシステムに気がつき抗うのは現実には簡単ではないのだけれど、そこでコントロールされず一度立ち止まり考えられる、というこの小説で提示される生き方は圧倒的に「正しい」し、わたしもそう生きたい、と思えるものなのだった。
とても大切なことを改めて教えてくれた、と送ってくれた友人のことも思い出す。
小説の最後の時点で主人公が出す「答え」は、当時でも現在でも正しいかどうかはわからないけれど、希望はあると感じた。物語も状況も解決してはいないなかでの答えは、そのあとに捨てざる得ないことになるかもしれないけれど、それでも確実に前に進もうとする、より良く生きたい、という姿勢がもつ希望。思っていたよりもずっとポジティブな気持ちで読み終えて、また大切な選択肢もゲット出来たような気がした。
この小説は「内面から描いた」と言ってもやはり「外」からみて書かれたものだと思えるのだけど、その視点だからこそそこにあるシステムをよりよく見ることが出来る、というような面もある気がする。




