
ふるえ
@furu_furu
2026年4月21日
読み終わった
電車に乗っている間に『わたしのなかにある巨大な星』の続きを読む。
“「本当のこと」を書きたいなと思う。でも、自分にとって本当のことは、ぴたっと決まったかたちをして、この世にすでに存在してくれているわけではないなと思う。本当のことは、複数の異なるベクトルをもった力が拮抗する、その間に、真っ白な帆がわっと広がるように生まれる。
生と死が引っ張り合って、今だけのわたしたちの体があるように、片方の力がなくなれば、へなへなと萎んで、引っ張られて消えてしまう。「うれしい」とか「悲しい」とか、無数にある言葉のそのどれからも微妙にはぐれた場所に、さまざまな話を横断するかたちで生まれるその帆の色や大きさ、ハリこそが、本当のことだ。”
伊藤紺『わたしのなかにある巨大な星』(ポプラ社)p.130より引用
複数の異なるベクトル、その間にあるもの。一つの感情だけを切り取ってもそこにはグラデーションというか、その感情を成り立たせているものがいくつかあって、一つの言葉だけでは表すことが難しい。「悲しさ」のなかに「喜び」や「怒り」を含んでいることもあるし、「愛」には「憎しみ」が混じっていることもあるかもしれない。どれもが偽物ではなく、唯一でもなく、あらゆるもので成り立つことが「本当のこと」なのかもしれない。じゃあ、「本当のこと」を書くとはどういうことなんだろう。一つの言葉に表すことが難しいのであれば、思いつくベクトルを全て書き表せばそれが「本当のこと」を捉えたことになるのだろうか。なんとなく違う気もする。具体になった瞬間にそれは唯一のものになってしまいそうな危うさがある。
短歌や詩、表現ならそれができそうな気もして、言葉というのは何かを捉えて具体にするためのもののはずなのに、抽象というか、捉えることとは逆のこともできそうというのは面白い。
あっという間に残りも読み終えて、たのしい読書だった。