わたしのなかにある巨大な星
55件の記録
ハル@52tank_aoRec2026年4月25日色んな軸からの感想がありますが、取り急ぎ以下を。 「みんなはあなたじゃないんです」を何度も読み返しています。私は私の好きなものについて、自信を持って好きだと言うし、自分のセンスを信じてやまない強情さがあります。最近になってようやく、表面的ではなく、腹の奥深い部分で「自分とみんなは違うんだなあ」「自分の正義はみんなの正義じゃないんだなあ」と、理解できるようになりました。これって、言語化して他人に伝えるのがとっても難しいし、わかってもらえる気がしなくて他人に話したことが無かったのですが、伊藤紺さんが綺麗に表現してくださって、妙に刺さったというか、自分の心にスッと入ってきました。私にとって、お守りのような本です。

木村久佳@kuCCakimura2026年4月25日買った@ 青山ブックセンター伊藤紺さん+穂村弘さんのトークイベントにて@青山ブックセンター 穂村さん翻訳の「ヘンゼルとグレーテル」在庫切れだった………ッッ
ふるえ@furu_furu2026年4月21日読み終わった電車に乗っている間に『わたしのなかにある巨大な星』の続きを読む。 “「本当のこと」を書きたいなと思う。でも、自分にとって本当のことは、ぴたっと決まったかたちをして、この世にすでに存在してくれているわけではないなと思う。本当のことは、複数の異なるベクトルをもった力が拮抗する、その間に、真っ白な帆がわっと広がるように生まれる。 生と死が引っ張り合って、今だけのわたしたちの体があるように、片方の力がなくなれば、へなへなと萎んで、引っ張られて消えてしまう。「うれしい」とか「悲しい」とか、無数にある言葉のそのどれからも微妙にはぐれた場所に、さまざまな話を横断するかたちで生まれるその帆の色や大きさ、ハリこそが、本当のことだ。” 伊藤紺『わたしのなかにある巨大な星』(ポプラ社)p.130より引用 複数の異なるベクトル、その間にあるもの。一つの感情だけを切り取ってもそこにはグラデーションというか、その感情を成り立たせているものがいくつかあって、一つの言葉だけでは表すことが難しい。「悲しさ」のなかに「喜び」や「怒り」を含んでいることもあるし、「愛」には「憎しみ」が混じっていることもあるかもしれない。どれもが偽物ではなく、唯一でもなく、あらゆるもので成り立つことが「本当のこと」なのかもしれない。じゃあ、「本当のこと」を書くとはどういうことなんだろう。一つの言葉に表すことが難しいのであれば、思いつくベクトルを全て書き表せばそれが「本当のこと」を捉えたことになるのだろうか。なんとなく違う気もする。具体になった瞬間にそれは唯一のものになってしまいそうな危うさがある。 短歌や詩、表現ならそれができそうな気もして、言葉というのは何かを捉えて具体にするためのもののはずなのに、抽象というか、捉えることとは逆のこともできそうというのは面白い。 あっという間に残りも読み終えて、たのしい読書だった。
ふるえ@furu_furu2026年4月20日買った読んでる読んでいるうちに人の輪郭というか、価値観が浮かび上がっているような面白さを感じてたのしい。中二病の章でぐさぐさと精神を刺激するような、頭を抱えたくなるようなダメージがあって耐えて、でもそのある種の自意識過剰感なのか、自分の感覚に自信がある時にこそできることや、わかることもありそうな気もする。巨大な星、というタイトルがよくてにまにまする。
鷲津@Washizu_m2026年4月17日読み終わったわたしの本棚作者からの視点で短歌の味わい方を知れる素敵なエッセイでした 『便箋の中央に、細い文字で、たった一言だけ。 「ありがとう」 と書いてあった。ひさしぶりに見た祖母の癖字。何に対して、何の「ありがとう」なのかわからない。言葉としてはどう見ても足りていない。でも、それだけが本当の手紙に見えた。』 『「十九時」という言葉と「ちょうどいい」という言葉の組み合わせを聞いて、頭の中に浮かぶ帰宅、外出、飲み会、ライブ、散歩といったそれぞれのシーンはばらばらだけど、しかしどれも同じトーンに統一されているような感覚がある。』 『通常、人は自分の思いをちょうどいい重さの言葉に変換して他者とコミュニケーションをとっている。心の内にある言葉がRAWで、人に伝えるために調整して実際に発する言葉がJPEGのようなものではないかと思う。』




























































