
ジクロロ
@jirowcrew
2026年4月25日
読んでる
「ビオトープ」は、直訳すれば「生命の場所」になります。小学校の校庭にあった池は、水田や湖沼地帯の生態系を児童たちの身近に保持させておくために作られたものなのです。
現代社会の積読環境の発展は、コンテンツ産業、メディア産業の都合によるものです。新しいメディアが次々と生み出され、そのメディアごとに新しいコンテンツがどんどん生成されていく。この外的で他律的な積読環境=情報の濁流のただなかで、人は自律的な積読環境=ビオトープを構築する必要があるのです。
(p.45)
「積読」と「ビオトープ」という概念を紐づける、
この発想に驚く。
自分の部屋の見方がガラッと変えられる。
書物との関係性に「ビオトープ」という概念を
ビオトープ的にもちこんだ著者の心の清らかさを
読んでいてありありと感じる。
「コンマリ」の話題が挙げられた箇所で、
なぜか冷や冷やする。
著者が何かを否定するところは見たくない、
そんな読者の余計な先読みこそが、私自身の
心の汚れであると。
積んできたものが、そこに現れている。
それが「ビオトープ」であるかどうか、
大いなる判断基準がひとつ増えたことに
素直に感謝を覚える。
「ビオトープ」は、「積読」という世界に限らず
どこにでもつくれる、という希望を
著者は残してくれたのではないかと思う。
それほど読んでいないのに、
「読んでいる」のスタンプを押して
この本も積む。




