@s_ota92
2026年4月25日
夢・出逢い・魔性
森博嗣
p18
「「へっ君にね、ヒヨコを頼まれちゃったから。」」
p35
「「六十七の倍数だわ。」」
p40
「「名前は、ねりな。サラダはマリネ。」」
p42
「「報道というのは、私たちの目や耳を補強してくれている、と思うでしょう?そうではなくて、足と頭を動かさないようにしているだけなのよ。」」
p43
「「それだけが面白い、と思い込まない客観性を、みんなが持っていればね。」」
p46
「「小鳥遊君って、意外と複雑なんだ。」」
p48
「「うちのプロデューサがね、なんていうか、その、別れた昔の女から、強請られている……、ていうか、脅されているっていうのか、つまり、嫌がらせを受けて、困っているらしいんだ。」」
p59
「彼の場合も、稲沢効果に違いない。」
p62
「昨晩、この部屋に来る夢を見た。」
p65
「いつも、そう……。最初は優しい。優しいのは、言葉だけ。」
p72
「だから……、もう、殺さなくてはって、ぐずぐずしてはいられないって、そう思ったのです。」
p74
「前髪の長い幽霊のような顔がそこにあった。」
p75
「「わ、間接キッスやん!」紫子が声を上げる。「言わへん言わへん、いくらなんでも、もうそれは言わへんな。」」
p76
「彼女は顔を上げた。目が真っ赤で、涙が溢れ出る。小さな白い頬に、それが一筋流れた。」
p86
「誰でも、自分の目で見ないと信じられないことがある。言葉だけで何事も通じる、という状況は、クリスマス休戦と同じくらい平和で危ういものだと考えて良い。」
p100
「「あの少女が会ったのは、殺人者の方だったかもしれない。」」
p105
「口数は少ないが的確なことを言う。それがこの人物の特徴だ。根っからのハードボイルドだが、暗さにも年季が入っている。」
p108
「秘密は秘密だからこそ、商品価値があるのだ。」
p113
「なんだか、ええ、夢を見ているような表情だった。」
p124
「「うんと、鷹がいなければ、小鳥が遊べるから。」」
p125
「言葉というものは、いつだって呆れるほど鈍くて遅い。」
p130
「「誰だって欠点はあるよ。」」
p132
「亜裕美はくすっと笑った。流星でも目撃するように、それがとても奇跡的な幸運だと、練無には感じられた。彼女の笑顔に見蕩れているうちに、周りの車が動きだした。」
p135
「言葉は曖昧で、説明は断片的だった。」
p141
「そのタクシーも左折したようだった。」
p145
「「いえ、紅子です。口紅のべにです。べ・に・こ。イニシャルはV・Cです。」」
p151
「「うわぁ、何?どないなってんの?いやぁ、何なのぉ?逃避行?それとも、駆け落ち?」」
p152
「知ることは必ずしも善ではない。お互いを理解する行為、そして理解しようとする意志が、あるときは平和を搔き乱し、争いの発端となることだってある、と紅子は思った。」
p155
「「幽霊。」亜裕美はそう言ってから、ゆっくりと微笑んだ。雷が鳴った。」
p158
「泣き出すときは、きっとガラスが割れるみたいに一瞬だろう、と練無は思う。」
p163
「そう、柳川さんって、正夢を見る能力があったんだもの。」
p163
「柳川さん、怖い夢を見るようになったわけ。その、昔の恋人の幽霊が、夜も昼も、どこかから、彼をじっと見ているっていう、そういう夢なんだって。一度は話しかけてみたけど、その幽霊は黙っているそうなの。周りの人は見えないみたいで、柳川さんにだけ姿が見える。あ、それに……、その幽霊ね、小さな犬を連れているんだって……。」
p165
「彼ね、そこで……、夢じゃなくて、本当のその劇場で、少しだけ、入口から中を覗いたんだって。でもそれだけで、恐くなって逃げ出してきた。だって、舞台には女の人がいて、やっぱり、幽霊とそっくりで……、つまり、昔の柳川さんのガールフレンドにそっくりで、そう、おまけに、犬も一緒だったんだって。そう言ってた。」
p166
「そう……、本当のこと言うと、私も、最近、夢を見るようになったの。いえ、夢っていっても、普通の夢じゃない。私の夢はね、柳川さんがもう幽霊になっている夢だった。」
p168
「私は、タクシーであの二人の後をつけました。」
p169
「いえ、自分のことがです。自分のことが、不思議だった。ぼんやりとしていて、夢を見ているみたいでした。」
p180
「生きものを次々に殺すように、こうして情報は簡単に殺されていく。」
p184
「「見ず知らずの人間についていく、知らないところへ行く、そんな状況で、切り札を簡単に見せたりするものですか。」」
p186
「無駄な質問は、真実を遠ざけることがある、と言う自分の法則を、保呂草は思い出す。」
p187
「「夢の中の女に、殺されるって、話していました。」」
p188
「「若い頃に車の事故で、友達だった女性を死なせているって聞きました。その人と結婚する約束だったのだそうです。対抗者がセンタ・ラインを越えて走ってきて、それを避けて、崖にぶつかって、その反動で反対側に飛ばされたって……、それで、車ごと転落したんですけど、彼は、投げ出されて奇跡的に助かった。助手席の女性だけが亡くなって……。」」
p190
「愛する者の死、仲間の死を受け入れるために、まるでローンを組むように、少しずつショックを分散するのだろう。」
p191
「人と人の会話の周辺で、真実は百倍もの嘘の中に拡散して、夜の空気を僅かに濁らせるだけだ。」
p192
「「もしかしたら、夢ではなかったのかも、しれません。」」
p193
「「ストリップ劇場。」」
p196
「「もしかして、夢ではなかったのかも、しれません。」」
p198
「「あの……、タレントの、立花亜裕美という小娘と、関係がありました。いつからなのかは知りません。でも、おそらく、私と結婚した直後からだと思います。」」
p210
「「うーんとね、つまり、柳川さんと亜裕美ちゃんは、そういう関係なんだね。」」
p211
「これは夢だろうか、と彼女は思う、これは、まだ夢なのだろうか。それとも、これは、もう夢なのだろうか。」
p212
「「貴女は、私のショーを見にくる。」突然耳もとで女性の低い声がする。「そこで、きっと、貴女は死ぬでしょう。」」
p214
「涙が出る。熱い涙だった。きっと、本当の涙だろう。やっぱり、私はここにいる。しばらく、こんな涙を流したことがなかった。」
p216
「≪魅惑のショー≫という文字が読める。」
p217
「貴女はショーを観にいく。貴女はそこで死ぬ。眠るように。夢を見ているみたいに。お迎えのタクシーを手配しました。」
p219
「「行き先は、わかっているわ。」前の座席から女が振り向いた。」
p219
「「夢で逢いましょう。」前の座席の女は、そう言って微笑んだ。」
p220
「実は、その格好で、つまり、その変装で、以前に一度だけ、立花亜裕美に会ったことがありました。だから、もちろん、彼女は覚えていました。」
p222
「真っ赤な火が、とても綺麗だったわ。見蕩れてしまったくらい。」
p223
「人は日常に関して無防備だ。いついかなるときでも、習慣に対する油断を怠ってはいけない。」
p224
「こうして、ポーカの駆け引きの合間に、アルコールと事件に関するディスカッションがカクテルされ、昏睡と覚醒が渾然一体となって、ソフトでスパイシィな不思議な時間が流れた。」
p225
「「火事。その劇場が?」」
p234
「「劇場の中にいる女性から、助けてくれ、という電話が消防にかかったそうだ。」」
p236
「「そのタクシーには、誰か乗っていましたか?」紅子が質問した。」
p238
「身なりの良い、四十代か五十代の女性で、薄く色のついたファッショングラスをかけていた。」
p242
「「たとえば、その事故は偶然ではなくて、故意だった。」紅子は腕組みをして目を細めている。「しかも、そう……、その恋人という女性は死ななかった、というなな、まだ話がわかるんだけどな。」」
p244
「「しこさんも、お友達だよ。幅が広い定義だよね、お友達って。」」
p246
「「え?一緒に泊まったのぉ?うわぁ、いやらしい。」練無が笑いながら言った。「それでも、お友達?」」
p247
「「何でも自分の尺度でものを計ってはあかん。」」
p251
「後悔しているわけでもない。後悔なんてしていたら、きりがない。未来のことは予測できないのだから、しかたがないじゃないか。」
p251
「記憶はいつだって、一番肝心の原因を隠蔽してしまう。」
p252
「右手があると思うから、左手が弱い。味方がいる方が弱い。人は、そういうふうにできている。泣かなくなったのは、味方がいないことが、わかったからだ。そう思うと、涙が出そうになる。」
p262
「「誰が?」デスクの上にあったビデオテープを近田は手にする。ホームビデオ用のものだった。カバーにも、テープの本体にもラベルは貼られていない。」
p264
「「なんで?どうして、一枚ないわけ、一番肝心なのが……。」近田は舌を鳴らす。「困ったちゃうなあ、ワンちゃん、これ、どうしてくれんのよ!」」
p265
「「私が殺したの、これで。」」
p267
「「夢で逢いましょう。」彼女はそう言った。」
p268
「いろいろな気持ちが、どれも強くて、どうしても抑えきれないのです。ここを塞ぐと、あちらで漏れてしまう。ここを押さえると、向こうが膨らんでしまう。」
p270
「最も大切なものは、人の、個人の、それぞれの歴史だと思います。」
p284
「乗っていたのは、柳川聖志氏の、彼のフィアンセの女性で橋本祥子さん、当時二十四歳。」
p295
「「小鳥遊という名前は、音を聞いただけでは、漢字が思い浮かびません。」稲沢は淡々と話す。」
p311
「「迫真の演技に見えましたか?それもと、自然な仕草に見えましたか?」」
p311
「「何書いたのさ!変なこと書いたんでしょう!」「シュークリームが好きだとかさ、ま、そんなどうでもええこと。」」
p312
「「出場者の名前に、ふり仮名はありましたか?」紅子はきいた。」
p314
「「やはり、橋本祥子さんは亡くなっていますね。」」
p325
「「ありがとう。」紅子は微笑んだ。「だいたい、わかりました。」」
p330
「自分はエリートだ。自分はキャリア・ウーマンだ。自分は才能豊かなアーティストだ。ただ、そう思い込んだ人が勝ち。誰だって、他人のことを真剣に気にはしていませんから。自分で自分はこういう者だと名乗れば、世間ではもう簡単にそれで通用してしまうんです。自分で自分がどういう人間かを決めて、それを宣言して、実際にも、そうなっていく。違いますか?」
p337
「夢を見ているようだ、と練無は少し思った。」
p338
「現実の方が逆に夢のようなのだ、と練無は思った。」
p345
「貴方に会えるなんて夢のよう。」
p350
「「さっき見た……、そう、名前だと思う。それが、ひっかかるのよ。その映像が……。どこかで、その文字の並びを見た。たぶん、そう……表札か名札か何かだったと思う。どこかしら……。横に文字が並んでいたはず。」」
p353
「それとも……、そうだ。もう一つ、可能性があった。それが、最も恐ろしい。」
p355
「そこには、瀬在丸紅子の顔がアップで映っていた。「わかった!」」
p356
「「すみません。」帽子をかぶった作業服姿の若い女性が、小さな箱を脇に抱えてスタジオの入口に現れた。」
p357
「小さな白い箱だった。ケーキならば六個入り程度の大きさである。」
p359
「「三十六はクリプトン、五十四はキセノン。」紅子はさらに続ける。「それから、殺人犯は、伊藤雅美さんです。あの、黒岩さんは、いらっしゃいませんか?なるべく早く手配をされた方がよろしいと思います。」」
p373
「「インスピレーションというのは、言語表現ではシーケンシャルにトレースすることのできない思考の一つのパターンです。それは、決してギャップではありません。突然、ふっと無から湧き出るものではないのです。思考は驚くほど連続であり、意外にも滑らかです。そこにはルールがあり、論理があり、計算がある。ただ、複数の論理が同時に、多次元的に作用するから、それを言葉で表現できないだけのこと……。」」
p377
「「何故なら……、小鳥遊さんが男性だということを知っていた。」」
p381
「作業服に帽子。あの女だ!箱を持ってきた女。」
p384
「「ともえ投げ。」紅子はそう言いながら保呂草の手を握る。」
p385
「「まさか、ここまで捨て身とはね。もしかして、どなたかに、かぶれているのかしら。」紅子はようやく微笑む。」
p387
「「うわぁ……、シュークリームやないの。」」
p392
「「とにかく、そうやって、誰か特定の個人に、この人だと決めたら、どんどん感情移入していく……、その人物になりきるくはい、こう、ぐっと……、のめり込んでいく、そんなタイプのようですな。」黒岩は口を斜めにした。」
p394
「息子がコーンフレークが好きです。私はあまりいただきませんけれど。その、私、玉蜀黍が苦手なのてわす。」
p396
「「ねえ、しこさんさ。本当に、僕のこと、シュークリームが好きだって書いたの?」」
p399
「「ええ、貴女も、よくわからない方だわ。」紅子が後ろから答えた。「私が知っている女性の中では、稲沢さん、貴女がたぶん一番ミステリアスな部類に属しますよ。」」
p402
「みんな忘れてほしい。私がいたことを、忘れてほしい。私が誰なのか、誰も知らないところへ行きたい。」
p404
「最初の小さな「嫌だ」を取り除かないばかりに、どんどん、どんどん、大きな「嫌だ」に押し潰されてしまう。」
p407
「「小鳥遊さん。」少しだけ嬉しかった。あとは、お友達みたい。女の人が三人と、男の人が一人。」
p411
「突然の死と、垣間見えた不思議。そして、捻れた夢と、魔性の作った現実。」
p411
「どれだけ詳細に説明したところで、我々はただ現実に漸近するという夢を見るだけのこと。いくら近づいても、決して現実に触れることはできないのである。」
p412
「人とは、それほど複雑な生きものであり、人と人との関係もまた、さらに複雑だ。それを短い時間で正しく理解することはできない。同じ人生を歩み、同じだけの時間を経て、考え、感じないかぎり無理な道理である。」
p414
「それが、人間という動物だろう。幾重にも及ぶかぶりものを一生脱がないまま、生きていこうとする。最後には死装束に棺桶。」
p416
「瀬在丸紅子は、東京の土産として約束だったヒヨコを買い忘れてしまった。そのことで、息子のへっ君に睨まれた、と話していたが、へっ君はそんなことで睨んだりはしないはずなので、それは彼女特有のジョークだろう、と私は思う。」