時間のかかる読書人 "フーコー入門" 2026年4月26日

フーコー入門
自由の哲学 <最後のフーコー>は、パレーシアと真理のゲームという概念が、社会と人々の関係を作り替えていく可能性を秘めたツールになると考えていた。このいずれも、プラトン以来の真理の理論や魂の形而上学の理論とは異なる古代の道徳性の可能性を生かしたものであった。フーコーにとってパレーシアとは、真理を語ることをみずからの生活のスタイルとする実存の美学の行為そのものを意味していたー形而上学的な真理を語るのではなく、真理のゲームの中で、「別の真理」を語ること。そのことによって普遍的なものと信じられている真理の自明性を揺るがし、真理の歴史性を暴露すること。 ラーコーはこれが、人々が社会における支配の関係を少しでも望ましい方向に変えていく可能性を確保する道だとじていた。フーコーにとって哲学とは、政治的、経済的、性的、制度的な支配など、さまざまな次元でさまざまな形で現れる「あらゆる支配の現象」を問題とすることだったのである。
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