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時間のかかる読書人
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@yoko45
最近は、ゆっくり読むことを意識しています。 写真は採れたてのスイカと展覧会で見かけた切り貼りした絵です。 向坂くじらさんが好きです。
  • 2026年9月29日
    山と獣と肉と皮
    山と獣と肉と皮
  • 2026年9月24日
    それがやさしさじゃ困る
    それがやさしさじゃ困る
  • 2026年9月17日
    三千円の使いかた (中公文庫)
  • 2026年8月6日
    急に具合が悪くなる
    急に具合が悪くなる
    2回読んでやっと理解が少しできた気がする。 偶然にどう意味付けしていくか。それまで歩んできた人生の軌跡によって、自分の意味を見出していく。 互いを固定した役割に落とし込むのではなく、それぞれの深い踏み跡によってつくられたラインを交差させることで、見えてくるものがある。 現代の多様性に対する考察については、まて新たな洞察を得られた感覚あり。
  • 2026年8月1日
    三千円の使いかた (中公文庫)
  • 2026年7月31日
    コーピングのやさしい教科書
  • 2026年7月31日
    急に具合が悪くなる
    急に具合が悪くなる
  • 2026年7月26日
    急に具合が悪くなる
    急に具合が悪くなる
    そもそも「選ぶ」って何だろうと思うのです。合理的に比較検討することはできるけど、私たちは本当に合理的に「選ぶ」ことなんてできるのだろうか、そんなふうに「選ぶ」ことが「選ぶ」ということなのだろうか、と。結局のところ、何かに動かされるようにしてしか決めることができないのなら、選ぶとは能動的に何かをするというよりも、ある状態にたどりつき、落ち着くような、なじむような状態で、それは合理的な知性の働きというよりも快適さや懐かしさといった身体感覚に近いのではないか、そして身体感覚である以上、自分ではいかんともしがたい受動的な側面があるのではないか、と。
  • 2026年7月26日
  • 2026年7月22日
    親子の手帖 増補版
  • 2026年7月20日
    親子の手帖 増補版
  • 2026年7月20日
  • 2026年7月20日
    おせっかい教育論
    おせっかい教育論
  • 2026年7月18日
    黒革の手帖 下
  • 2026年7月18日
    黒革の手帖(上巻)改版
  • 2026年7月18日
  • 2026年7月18日
    おせっかい教育論
    おせっかい教育論
  • 2026年7月16日
    Woman
    Woman
  • 2026年7月16日
  • 2026年7月14日
    まんが やってみたくなるオープンダイアローグ
    他者は、自分とは決定的に違うし、他者を自分と安易に同一化することは間違っているという認識 これがオープンダイアローグの一貫したテーマです。それをポリフォニー(多声性)という言葉で表しています。 私たちはこれまで精神医療の場で、相手にある結論を飲み込ませなければならないと思い込み、ときには強引な説得をしたり、脅かして不安をあおったり(「今の1年は後の10年ですよ」等々)、ということをしてきました。 それは自分の考えに相手を「同一化」させようと説得、尋問、叱咤激励、アドバイスをしていたのであって、ダイアローグ(対話)ではありませんでした。そのほとんどは、ただのモノローグ(独り言)でした。一方的で相互性がないからです。 劇作家の平田オリザさんが、対話と会話の違いを指摘しています。会話というのは、「合意と同一化を目指す」もの。対話というのは、「自分と相手がいかに違っているのかを理解し受け容れる」ためのもの。違っているからこそ対話ができるというのはそういうことであろうと思われます。 客観的なこと、正しいことを尊重しすぎると、対話の契機は失われ、正しいことや客観性を目指すような「会話」に成り下がってしまいます。もし、「会話」に成り下がってしまったら、治療的な対話実践の立場は、もう失われてしまいます。治療者も、患者も、その家族も、それぞれの主観から発言しているという点では同列の立場です。その意味で対話はつねに、主観と主観の交換でしかありえません。 そういう意識で患者の話を聴いていくと、患者はしっかりと聴いてもらえたという感じ、ちゃんと尊重してもらえたという感じを受けるようです。この尊重感がとても重要です。 オープンダイアローグの効果が示しているのは、患者さんの尊厳をひたすら尊重することにこそ治療的な意味がある、ということなのですから。
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