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時間のかかる読書人
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@yoko45
最近は、ゆっくり読むことを意識しています。 写真は採れたてのスイカと展覧会で見かけた切り貼りした絵です。 向坂くじらさんが好きです。
  • 2026年7月11日
    「学び」がわからなくなったときに読む本
    世の中全体が、そうやって二元論的にセパレートするアイデアしか出てこない貧しい状態にありますね。例えば「分断を生む」という言葉が便利に使われがちですが、複雑に入り組んだ事象をまるで「二分されている」ような印象を与えて単純化する、それこそが狙いなんでしょう。AとBの分断が語られるときに隠蔽され忘れ去られるのは、多くの人はAの範疇に収まることができずにAと同時にBを生きているような矛盾体であるということです。そもそも、分断できるほど明確に分かれることなんてないはず。なのに、矛盾体であるよりは分断していたい、そういう欲望はありうるわけです。
  • 2026年7月7日
    エンジェルフライト 国際霊柩送還士
    この取材を通して私が見つけたのは、人が亡くなることの普遍的な悲しみと、我々の心の奥深くに根づいている、日本人としての「死」の捉え方だった。
  • 2026年7月6日
    利他・ケア・傷の倫理学
    選書サービスで届いた一冊。 利他といい、ケアといい、最近話題のキーワードではあるけど、どこから読み始めれば良いか悩んでいたところで、近内悠太さんのこの著書が届くというタイミングの良さ。 しかも、この本2025年に読みたい本として登録していた…。 実際読んでみると、ヴィトゲンシュタインとの関連が出てきたり、利他やケアの概念が読み進む中で更新されていったりと、ちょっと難解なところがあったので再読しようと思うけど、一旦通し読みしたところでは、仕事・子育て・人生全てにおいて、とても大切なことが書かれている。利他は、他者の大切にしているところからスタートして、「だったことにする」という考え方というのは、なるほど〜でした。
  • 2026年7月6日
    利他・ケア・傷の倫理学
    第5章 大切なものは「箱の中」には入っていない
  • 2026年7月3日
    「学び」がわからなくなったときに読む本
    鳥羽和久×矢野利裕 鳥羽 僕と矢野さんの書くスタンスには奇しくも似ているものを感じる。いわゆる「教育評論」ではなく、自分の現場体験をもとにしたエピソードを通して現実を浮かび上がらせようとしているところ。そして、物語として書きながらも、ストーリーに没入せず俯瞰で見る距離感がある。
  • 2026年7月2日
    わかりやすさの罪
    私たちは日頃、「そういうことにしておきましたんで」という前提を簡単に飲み込むことによって、いくつもの議論を放置していく。でも自分は、こうやってシンプルに絞られた上で投じられる選択肢をいちいち疑問に感じることを忘れたくないのである。選択肢は多ければ多いほどいい。少なければ少ないほど疑いが増える。できることならば、選択をしなくてもいい、という選択肢も用意されてほしい。そうやって差し出された選択肢に対しても、なぜその選択肢が選ばれたのか、と問いたくなる。
  • 2026年7月2日
    わかりやすさの罪
    私はずっと『どうすればわかりやすくなるか』ということを考えてきました」と始まる。真逆だ。自分はこの本を通じて、「どうすれば『わかりやすさ』から逃れることができるのか」ということをずっと考えてみた。罠というか、罪だと思っている。「わかりやすさ」の罪について、わかりやすく書いたつもりだが、結果、わかりにくかったとしても、罠も罪でもなく、そもそもあらゆる物事はそう簡単にわかるものではない、そう思っている。
  • 2026年7月2日
    武田百合子対談集(仮)
    「富士日記」をめぐって ×岸田今日子
  • 2026年7月2日
    イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室
    イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室
  • 2026年7月2日
    中高生のための文章読本
    中高生のための文章読本
  • 2026年7月2日
    君の物語が君らしく
  • 2026年6月30日
    開かれた対話と未来
    興味深いことに、最も疎外されたクライアントに手を差し延べるのは、ディスカッションの場でみずからも周辺的な位置にいるスタッフの場合が多い。ここで私たちは「同型パターン」というものに目を向けなければなりません。そこにおいては、相互作用のモードがシステムを横断するからです。
  • 2026年6月30日
    開かれた対話と未来
    人は人生の主体として、客観的な事実を考慮せずにはいられません。しかし「客観的な事実」の意味は、主体ごとに異なります。つまり異なることこそが、客観的な事実です。視点はつねに誰かの視点であるがゆえに、主体は客観的な視点は持てません。しかし主体がみずからの視点に依拠した主観を持つことは、客観的な事実なのです。解釈学においては、客観性は間主観性として理解されることになります。
  • 2026年6月29日
    開かれた対話と未来
    しかし、完全に権力関係のない関係性などありえない、ということは指摘しておくべきでしょう。ミッシェル・フーコーは、権力関係はどこにでもあると主張しています。「この社会のあらゆるところに、男女間でも、家族間でも、先生と生徒のあいだでも、知っている人とそうでない人とのあいだでも、権力的な関係が存在する(・・・)」これが真実ならば、権力関係から抜け出すことは不可能です。それゆえ、以下の点に注意が必要です。「権力関係それ自体は善でも悪でもないが、危険なものにはなり得る。だから、あらゆるレベルで、権力がその力を振う向けるやり方において、なにが最善の道であるかが考慮されるべきであ 为」[Foucaull, 1983]。 対話的な関係も権力関係であり、どのようにしてその力を最善の方向につなげるかを考えなければなりません。オープンに心配事を取り上げること、協働活動を賦活しながら主観的視点のための空間を広げること、他人を変えようという戦略的なやり方を避けること、これらも非対称的関係における権力の行使です。たとえ非対称性を認めており、尊重している場合であってもそうなのです。
  • 2026年6月29日
    君は君の人生の主役になれ
    勉強をする大きな効用がいったいどこにあるのかと言えば、それは抽象を扱えるようになることです。人間たちは、勉強を通して抽象の扉を開き、具体と抽象の間を往還することで、世の中を見る解像度を高める努力をしてきました。虚数を通してしか見えない世界の広がり、量子力学を通してしか実感にたどり着けない世界の深さは確かに存在するのです。抽象を通して具体を見ることで、目の前に広がるありふれた世界が全く別様になる。それがまさに勉強の醍醐味です。
  • 2026年6月29日
    君は君の人生の主役になれ
    あなたがいま使っている言葉の中にはあなた独自のものはありません。あなたは、親をはじめとする周囲の大人たちが使う言葉を吸収しながら、その言葉を通して自分の思考らしきものを作ってきたのです。一方で、勉強するというのは、あなたが育った日常の中にはなかった言葉と概念を次第に知っていくことです。そのことを通して、あなたは新たな思考のための手札を得て、親密な人たちと共にしてきた世界から自分の人生が切り離されていくことを感じます。
  • 2026年6月29日
    君は君の人生の主役になれ
    勉強を通して自分自身が変化することを発見し、それに伴って世界の受容のしかたが変わること、さらにそのことで、あなたを取り巻く人やモノとの関係性さえも変わることを許容できるかということにかかっています。 勉強することの大きな意味のひとつは、それを通してあなたが親をはじめとする身近な大人の思考の影響から距離を取ることができる点です。
  • 2026年6月29日
    「学び」がわからなくなったときに読む本
    構造主義 人間の思考や行動は所属している社会や文化によって決められているという考え方。主にフランスで発展していった二十世紀の現代思想の一つ。代表的な思想家としてレヴィ=ストロース、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、ロラン・バルトらが活躍した。 脱構築 西洋の伝統的な哲学(形而上学)の統一的な全体性という考え方や二元論による説明を批判し、新たな構築を試みる哲学的思考の方法。ジャック=デリダが唱えた。 ジャン=ポール・サルトル 1905年生まれ。フランスの哲学者、小説家、劇作家。実存哲学の代表者とされ、著書に思想書「存在と無」、小説「嘔吐」、戯曲「出口なし」
  • 2026年6月28日
    「学び」がわからなくなったときに読む本
    千葉 なんでいつも片方から片方に極端に振れるのかなと思います。人間関係の齟齬がすぐに問題視されるようになって何が起こったかというと、「じゃあもう一切踏み込まないほうがいいね」とみんなが内側にこもり始めたんです。濃いコミュニケーションは間違いの元で、そこで一度間違ったら社会的にキャンセルされる。だったら最初から踏み込むことは一切ナシにしようと。 そうやって表面的に住み分けて、無難にやっていくムードが全面化することへの違和感や葛藤を僕は発言してきました。でも、この抵抗戦を続けるのも、もはや困難です。
  • 2026年6月28日
    「学び」がわからなくなったときに読む本
    千葉 いやあ、疲れちゃいますよね。人間関係には齟齬が生じるのが常で、そのなかで傷つき、傷つけられて、その経験を一旦飲み込んで自分のなかで発酵させるのが当たり前だったんだけど、いまは衝突が起きると、それをすぐ「ハラスメント」だとかいうことになる。それが必要な場面もありますが。
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