珈柊
@Kahfy
2026年4月27日

火星の人
アンディ・ウィアー
読み終わった
エンタメ作品として非常に面白い作品だった。特に翻訳が最高。プロジェクトヘイルメアリー(以下PHM)の翻訳もよかったけど、原作(英語版を読んだわけではないのでただの想像)のおちゃらけ感みたいなのが、うまくローカライズされていたように思う。
小説だからこそ出来たお笑い、たとえば、
地球ではワトニーがどんなに辛い生活をしているのか……
【ソル〇〇】
ドラマの愚痴
のシーンとか(人に貸してしまって詳細を思い出せない)
見て見て! おっぱい!→(.Y.)
(こっちは詳細を思い出せてしまって悔しい)
とか。
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ただ、少し間をおいて冷静に考えてみると、テディに味方がいないのがとても気になった。アンディ・ウィアー作品では、火星の人での、ワトニーを見殺しにするか、宇宙飛行士全滅の危険か? や、PHMでの南極の爆破による環境破壊か、人類の早い滅亡か、といったトロッコ問題(※)が提示されるが、問題提起したわりに登場人物たちがあっさり決断してしまう傾向にある気がする。厳密には、作品としての選択は初めから決まっているような雰囲気が出ていて、反対する登場人物もいるけどどこか蔑ろにされているような。テディはまるで冷血漢のように見える描写が多かったが、果たしてテディはそのような描かれ方をするに値する人間か? 食料の受け渡しが失敗して、ワトニーは火星で、ほかの船員は宇宙で死ぬことになった場合、これは美談になるのか?
自分がワトニーだったら? と考えると、見捨てられたらたまったもんじゃないが、難しい課題に対してえらくあっさりとレバーを倒しすぎではないだろうか。
読了して数日たった今だからこそ、非常にもやもやする。
(※)PHMでは、南極の破壊による環境破壊による死は明らかに太陽光現象による死より遠いので、トロッコ問題というより、ただの苦しい決断くらいかも。
星を継ぐもののダンチェッカーが異様に好きだったり、テディに同情したりというところに、自分のエンジニアとしての思考の癖のようなものが漏れ出ている気がする。うまく言葉にならないけれど。


