DN/HP "文學界 2026年 3月号" 2026年4月28日

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2026年4月28日
文學界 2026年 3月号
読みそびれていた『文學界』三月号に掲載されている滝口悠生さんの短編を、雑誌の所蔵がある少し遠い図書館まで歩いて読みにいく。 最近は滝口さんの小説にはEVISBEATSとNagipanによる音楽を合わせたい。前作、前々作を歩きながら聴いてきたから、この短編には先日リリースされた最新のアルバム、《三三三(Sanmai)》を合わせよう。再生しようとスマートフォンの画面をみると、おお、一曲目のタイトルが短編のタイトルと同じではないか、とその偶然にぶちあがる。という勘違いをする。「初日」と「祝日」。なるほどね…… それでも、きっかけは勘違いだったとしてもこのぶちあがり自体は真実だから、と思い込みあがった気分を抱きしめながら読んだ短編はやっぱり素晴らしくて、音楽ともとても良く調和していた。勘違いという偶然も含めて、これも最高の読書体験だな、と思う。 帰り道には歩きながら、少しだけ小説の内容を自分に引き付けてみる。引きつけるというか、過去を思う小説のことを考えだせば、自ずとわたしの過去も浮かび上がってくる。 登場人物の人生から連想されたある人のことを思い出す。ここ数年会えていない友人。その会えなかった年月であったこと、あったかもしれないこと、あって欲しかったこと、わたしには知る術もなく過ぎていってしまったこと、などを思う。やはり哀しくなる。その哀しみも、今は抱きしめたいと思う。 今日の気候はとても良い春だった。近所のスーパーの前に出店していたトラックで、小説では買いそびれていた焼き鳥を何本か買ってみる。 小説の本質というのは過去を思うことで、過去を思うことはどうしても哀しいから、小説を読むことはいつだって少しだけ哀しい。でも、その哀しみは抱きしめておきたい。そんなことを最近の滝口さんの小説を読んでいると思ったりする。
文學界 2026年 3月号
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