
ジクロロ
@jirowcrew
2026年4月28日
廊下に植えた林檎の木
残雪,
近藤直子,
鷲巣益美
読んでる
わたしは小さいときから、世間のできあいの観念としての「現実」を否定しようとしてきました。ですから、わたしが書くものは完全にわたし個人に属する創造の営みなのであって、「傷痕文学」や大半の「新潮文学」のように、そうした「現実」から手軽に取材してきたものではありません。
(p.216 残雪との対談)
作品群を読むと、文体だけがひとつの構造となり現れているだけで、意味とか内容が全くない。なのに、その空間には確実に植物や動物、人間が息をして生きているから面白い。
「残雪」って言葉は、自分の知っている「残雪」より、この著者が語源であってもおかしくない、とも思わせる徹底ぶり。それぞれの物語には、どこかしらの溶け残りがある。
溶け残るものは、現実よりも質感に優る言葉。
"「おれにはひとつの目標がある」
彼は長いことわたしを見つめ、久しく胸に秘めておいた重要なことを口にした。わたしは息をひそめてつづきを傾聴しようとしたが、彼は話を切りだしたばかりで、以来二度とつづきを語ることはなかった。たぶん彼がいいたかったのは、おそろしく高尚難解なことだったのだろう。その日、わが家の板壁は、白蟻がぞろぞろ這いまわり、とてもにぎやかだった。わたしたちが床につくやいなや、彼のあの大きなからだは布団から酒え失せ、頭だけ残った。"
(p.34 『黄菊の花に寄せる遥かな想い』)
彼が「目標」について想いを馳せようとすると、決まってシロアリがそれを食い尽くす。
"「まったく、俗っぽい!」"
追憶や記憶、いわゆる既成概念が人の口にのぼるたび、彼はそう吐き捨てる。
『黄菊の花に寄せる遥かな想い』
その一貫性のない物語の中に、「一縷」を必死に求めようとする自分を感じる。
そして、そんなときふと「黄菊の花」のにおいが、
不思議とどこからか香ってくる。
それがほんとかどうかは、
実際に本を手にとって読んでみてください。