いちのべ "イン・ザ・メガチャーチ" 2026年4月29日

いちのべ
いちのべ
@ichinobe3
2026年4月29日
イン・ザ・メガチャーチ
語り手となる三人それぞれが、それぞれに視野を狭めて、それぞれの「物語」へと没頭していく様がスリリングで、あまりにも2020年代の今と、現実と地続きで、その「物語」に没頭して一気に読み終えてしまった。 とくに隅川の章が、「いやそれはしんどいよな……」→「あれ?なんか雲行きが……」→「完全にアウトじゃねーか!」と感情を揺さぶられまくった。スピリチュアルと陰謀論と擬似宗教のごった煮というか……献金とか衣服支給とかのレベルになると想像していなかった。 ささやかな「物語」に心を寄せ、自他の境界を溶かす性質がある人がその「物語」を失った時、より大きくて強い「物語」を与えられると身を委ねてしまうということなのか……と思うと、自分にも起こりうる事象だとゾッとする。 久保田と澄香の構図はグロテスクで読みごたえがあり、特に久保田が(想像上の)澄香と花道を比較して澄香の優秀さに感じ入っているところはゾワゾワした。ラストシーンも鮮烈で好きだし、映像でも映えそう。 三人は三人それぞれの「破滅」に向かうけれど、前途ある若者(澄香)が取り返しのつかないほど酷い目に遭うわけではなかったことに少しホッとした。(直近でホスト界隈を描いた漫画を読んでいたせいで、途中まで勝手に不安を膨らませていたこともあり……) 隅川は置かれた状況としては悲惨だが、どこか爽快感もある終わり方だと感じた。久保田が一番しんどそうだな〜あのラストシーン以降を想像すると。 兎にも角にもエンタメとしてめちゃくちゃに面白かったし、自分の幸福や、世界に向ける視線や、大切にしている物語や、いろいろなことが頭を渦巻いた。 「推し活」という言葉が流行る前の一時期、熱心なオタクをやっていた。ライブのために無茶な遠征をしたり、CDを複数購入したり、フラワースタンドを贈ったり、己の持てる限りの時間やお金というリソースを「推し(担当)」に溶かしまくっていた。 > 「(前略)一番のタブーは、自分が余ることなんです。自分を使い切ることが今の時代に手に入れられる唯一の正解であり、〝幸せ〟なので」(p326) 作中の国見の、このあたりの発言が、当時の自分が得ていた多幸感を時を超えて説明してくれていた。そういう意味でも、いま読めてよかったな。
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