
綾鷹
@ayataka
2026年4月29日
激しく煌めく短い命
綿矢りさ
中学で出会い引き裂かれた2人の女性、久乃と綸が32歳で再会し、周囲の偏見や過去の傷を乗り越え愛を再燃させる、京都・東京を舞台に描かれる恋愛小説。
好きな人と付き合う充足感、分かり合えない苦しさ、忘れられない人への強い想い...思い出して切なくなる小説だった。
全体を通して、自分の本当に大切なものを追求することをメッセージとして受け取った。
・クラスメイトたちは小学生のころよりも、明らかに幼稚化している。中学では写真を撮るとき、うつむき気味の顔の横でピースして、わざと内股に見せるために脚をハの字にして立つポーズが流行っていた。派手な女子ほど、はにかんでる幼児みたいな様子で写りたがった。書き文字も小学校で習った楷書体でなく、ぎりぎり読めるレベルまで崩した落書きみたいな字体が流行っていて、小学生の頃は習字の時間に美しい文字を書いていた子も、今では自分のノートを個性的すぎる、他の女子と同じフォルムの、逆にもうちっとも個性的じゃなくなった文字で埋めている。しゃべり方まで舌足らずになって、まるで大人になるのを全力で拒否しているようだ。小学生のころはみんな子どもに見られたくなくて必死に大人ぶっていたはずなのに、女子たちのこの変化は一体どういう心理が原因で起こっているのだろう。私はもちろんついていけてない。
・昨日の開会式のオープニング上演で、演劇部の「リア王」を観れたから、もう満足だ。「リア王」は大成功で、初めは笑っていた生徒たちも、次第に役者たちの迫力にのめり込み、真剣に見入っていた。それでも上演後に演技をからかって、部員を泣かした生徒もいたらしい。人の頑張りに水を差す人は、必ずいる。自分が何か言われたときはショックだけど、こうして第三者として知れば、そんな奴は放っておくのが一番だってよく分かる。自転車で走ってるときに一瞬目に入ってきた砂つぶみたいなものだ。少しの涙といっしょに外へ流して、もう忘れてしまえばいい。
・学校では、レズよりオカマやホモの方がからかいの対象になることが多く、本人たちが自分はそうだと言ったわけでもないのに、しぐさが女性っぽい男子や、男子に距離が変に江すぎると判断された男子たちは、すぐに"あいつオカマっぽい""ホモっぽい"とレッテルを貼られた。異質(かもしれない)な者を排せきする勢いは、女子の世界より男子の世界の方が乱暴であけすけで、数人がかりのリンチのような暴力とセットだった。
・恋の炎を甘く見過ぎて、いつまで経っても消し止められず、気づいたら毎晩焼かれてる。いつか忘れるはずの二人で過ごした記憶が、日に日に鮮明になり、暗記しなければいけないノートの手書きの羅列の上に、編み目の細やかな薄い網のようにかぶさって文字が見えない。私たちのイラストはとっくの昔に論の机からシンナーで消し去られ、もうあとかたも無いのに。
・私と大川さんの件を知った人事部長には、悠木さんにはできるだけ早期に新しいパートナーを探すからと言われたものの、不安がつのった。私と組みたい人なんて、同じ部のどこを探してもいないだろう。声をかける人が次々に難色を示すなか、部長が見つけてくるのはどんな人材だろう。どんな人でも見つかれば御の字だ。新しいことに挑戦するのは苦手だから、出来るだけ別の部署へは行きたくない。一度覚え込んだことを毎日しつこく繰り返す能力しかないから、営業のスタイルも古くて時代遅れで、いつの間にかこんな風に置き去りになった。
仕事だけが、私と東京を繋ぐ、たった一つの縁だ。もし辞めさせられたら食いぶちが無くなるというのも、脇目をふらず頑張ってきた理由ではあるけど、一番大きいのは、仕事を失うと自分がここに居る意味を失ってしまうから。就職難も解消されてきて、再就職はおそらく可能だ。でも替えのきく仕事を通して、替えのきく人材としての自分と向き合うのには耐えられない。
・「おつかれさまです」
「うん」
さっきまでの活気は根こそぎ消え、二人とも疲れ切った抜け殻で最終電車を待つ。無理に明るく振る舞った後の闇は深い。飲みの席でテンションを上げれば上げるほど、普段は陰気な人間になっていく。
・誰も本当のバカは必要としてない。求められるのは奉仕でバカが出来る人だと気づいたのは、いつだっただろう。どれだけ営業理論を勉強しても成績の上がらなかった、社会人三年目のころだっけ?
ただ奉仕の手順を踏むとプライドが邪魔する分、ただのバカより精神の消耗が激しくなり脆くなる。そんなときは、忘れることだ。一晩寝たら無に還れる人間ほど、この世に強い者はいない。
隣の浴槽でシャワーを浴びてから、布団を軽えたのちに寝る。どれだけ酔っていてもこのルーティンは徹底するため、化粧のまま玄関で寝てしまったことはこれまでに一度もない。記憶が無いほどの夜も、起きたらこの一連の流れは済んでいて、朝目覚めたとき布団のなかで驚いたこともある。
・「にしても、おっさんと寝ても大して得しいひんのやったら一体何のためにヤッてたん?」
「多分・・・・・不安を消したかった」
「不安?」
そう、毎日あぶくのように生まれる私はこれでいいんだろうか”という不安を消したかった。
今のままの自分じゃ足りない気がして、近い将来必ず行き詰まる気がして、でも覚悟して誰かの腕に抱かれてその人と枕を並べて休み、いやに白く漂白されたホテルの上掛け布団のシーツの上に自分と相手の裸の腕が置かれてるのを見るとき、"少なくとも今日も私は努力できた”と思えた。実際はその努力こそ、生まれては消える意味のないあぶくの出来事だったのに、私は何か自分の力で密やかに積み立ててる気分でいた。
いま論の当たり前すぎる疑問によってその架空の積み立てが、積み木の門のように簡単に崩れていく。もしかしてこのあまりにも脆い積み木の門が、私のプライドだったんだろうか。
・意識の高い私が賢いだろうか?賢明な行動が、後悔になる。幾つもの顔を使い分けて、目ざとく利益になる機会を見つけて飛んでいき、怜悧に物を考え、人より少しだけ早く未来を見通して、備えて行動して勝ち抜く。そんな生き方に最近疲れている。
社会を生き抜く術と信じ切っていたこれらの賢さを、今は小賢しさとしか感じられない。セルフィッシュになればなるほど、今まで愚か者と内心馬鹿にしてきた、他人に無心で尽くす人が、まぶしい。どれだけ歳を重ねても、そんな人間にはもうなれない気がする。
・竜車に揺られながら、どうして自分はこんな価値観になったんだろうと思いをめぐらせた。思春期の時代に日本に流れていた空気が関係してる気もする。九〇年代後半の日本はギスギスギラギラして、みんな同じものに憧れて、テレビに影響を受けすぎていた。ヴィトンプラダシャネル、高校生のころから持つのがカッコいいとされてたけどあんなものが何故信仰の対象になったのだろう。CMにもポスターにも華やかな商品の宣伝にはいつも金髪碧眼の西洋人が起用されていた。
西洋といえば常にアメリカのイメージだったので、英語を話さない西洋人もいると知り、小学生のころに驚いた。
でもあの頃の一種狂信的な、家出したり援助交際したり若さを金に換えてその金をまたブランドに換えるという下来な錬金術が、そんな事象にまったく関係がない大人しい子どもだったはずの私にも、まだ染み付いている。青魚のような偏光パールのアイシャドウ、白っぽいピンクリップ、ほくろさえ目立たなくなるほど強くやいた肌。今この時にしかできないもんね、が合言葉だった。
この時とは、過数なファッションが似合う十代後半から二十代中盤のことだ。今しかできないからと口にしながらも、若くなくなってからもきっと私たちは諦めきれないだろうと、私たちは思っていた。しかし案外私たちはすっぱり諦めて嫌な仕事でも辞めずに働き続けたり、結婚したり、育児したりして、おばさんになっていった。私は流行りに踊らされなかった。だけど同じ時代の空気を吸っていた。時代性とはそういうものだ。無関係に生きていたように見える人間さえ、その時代の空気に飲み込まれ、溶け込んでいる。
自分が所有するもののなかで、唯一若さと女体だけがお金と交換できる価値のあるものという価値観が未だ頭の片隅に残っていて、身体接触を交渉ではなくセクハラと認識する世の中に、まだなじめてない。
・「偏見ってさ、他人の中やなくて自分の中にあるんよね。大人になってから気づいた」
ぽつりと呟いた論の言葉に、顔を上げて彼女を見た。綸は斜め下に視線を流しながら、ゆっくりした低い声で話した。
「人からどう見られようと、自分を強く持ってれば、差別や偏見はあってもないようなものやねん。不当な扱いされれば、怒る元気もある。でも自分の心が弱って、隙ができると、そこから他人の心ない言葉が入り込むねんな」
「分かる気がする。私も幼いころは、色んな種類の差別がたくさんある京都が全部悪いと思ってたけど、上京して京都を離れて何年も経ってから、ようやく自分が、自分の中の差別から逃げてたって気づいた。私が女の人しか好きになれないのは、京都とは関係の無い、私の個性だった、って」
・「久乃のご両親、やっぱり普通に良い人らやったやん。あの感じゃと、久乃のことも普通に娘として好きやと思うで。愛情が上手く伝えられへん、不器用なタイプやと思う」最後に親からかけられた言葉を論に打ち明けようかとも思ったが、さびしさの裏返しやろと言われる可能性もあり、沈黙した。裏返しのさびしさ、裏返しの愛情を子どもの頃から思春期までぶつけられてきた者としては、表を向いた普通の楽しい愛情を受けたいと願っているけど、そんな話を始めたら愚痴一直線になってしまう。
過去の色んな、心配だからという言葉で囲われて自由を取られたり、気分次第で絡まれて泣くまで意地悪されたこと、そんな思い出を被害者意識丸出しで次々披露する私の顔は絶対に醜いから、論にだけは見せたくない。それに詳しく話せば話すほど、私が論にここまで執着している理由の一つとして、京都や家族との関係があることも、見抜かれるかもしれない。
今まで親に暴力をふるわれたわけじゃなく、虐待されてた子に比べたら、むごいエピソードがあるわけじゃない。だから考えすぎかな、って何回も思った。論の言うように、親が不器用なだけかもしれない。笑顔を作ると、激しい頭痛がした。
・私は少し落ち込んでいた。故郷の人たちに久しぶりに出会うことによって、自分の生き方の敗北を認めないわけにいかなかった。論も清盛さんと共に名古屋へ移り住み、次に東京と、故郷を長く離れているにもかかわらず、彼女は今でも故郷にいるたくさんの人たちと交流を続け、こうして帰ってくれば、彼女に会いたい人で溢れている。keep in touch は論の現在の状態にぴったりの言葉だ。日本語にすると、ただ連絡を取り合うという意味になってしまうが、ただ連絡を取るのではなく、遠く離れていても相手に触れるように交流する状態を自然に保っている。
私はと言えば、リセット癖が災いして、会う人会う人十何年ぶりの再会だったから、人々の驚いた表情しか見れなかった。後ろを振り向かず、足跡を消すように歩いてきた私にとって、過去は砂上の機閣のように消え失せていたが、一たび舞い戻ってみれば、長い間孤独を感じてきた私が欲してやまない現実感と親愛の情がそこには私を含まない形で根付いていた。
・前から歩いてきた人と鉢合わせしそうになり、お互い右往左往になった。私はすみませんと道を空けて謝り、向こうは盛大な舌打ちで返し真ん中を歩いた。仕事着を着ている、いそがしいのだろう。
たったそれだけのことで、一時間かけて一生懸命施してもらった他人からの癒しが冷えてゆく。
なんで舌打ちなんか。どっちが悪いわけでもないのに、なんであんな偉そうに。向こうのせいにしたいけど、これはもはや自分の問題だと気づいている。
いつもびくびくしてる人特有の傲慢さはある。私たちはいつもヒガイシャだ。自分の基準が敏感すぎわがまますぎなのは無視して、痛めつけられた立場として君臨する。その上はっきり物申せない意気地なしの自分を、常識人と勘違いし、思いきり自分への同情に浸る。
常に苛められる側の立場を死守する自分。目だけ突出させきょろきょろしながらも、マスクの内側に隠した感情は、妬みそのもの。
悪意ではなく、人からもらった癒し、暖かみ、優しさの方を覚えておける人間にならなくちゃ。
環境ではなく自分を内面から変える力が必要だ。
私は受けるサービスの質は問わずクレームも言わない。だけど自分のなかには良い店の基準がしっかりと存在し、細かい基準で設置したたくさんのハードルをより多くクリアする店の常連になる。自分で稼いだお金を使い、都会で遊ぶ方法をいくつか知っている。積極的に街へ自然へと方々へ出かけるタイプではないけど、孤独で八方ふさがりにならない程度には、自分の居場所を家以外にも見つけて、誰にも迷惑をかけず気晴らしする方法を知っている。
同年代の大多数の女性とは違い、現状を変えたい、結婚したい、家庭を持ちたいと、焦燥感に苛まれる夜も無く、将来ずっと一人で過ごす人生を念頭に置いて計画的に貯金し、淡々と自活の道を歩む自分が、誇らしくもあり頼もしくもあった。
でも最近の私は、行儀の良い客で居続けるのに疑問も感じている。頭蓋骨の外にはみ出たら死ぬと十分に理解している聡明な薄灰色の脳が、こつこつとノックし続ける音が、骨伝導を通して内耳に伝わる。
・常識では考えられない。
でも常識の尺で考えることって、そもそも必要だろうか?常識って、もともと視野の狭い考
えだ。
視野の広い常識は、もはや常識ではない。
私はそのことを、幼いころ京都に住む経験のなかで知った。京都では少しでもはみ出すと常識外になるので、常識の外に飛び出すのはどんな細なできごとでも勇気が要った。
自由を得るためには、からかわれたり、差別される代償も引き受ける必要があった。
でもそれもまた、自分の内側で作り出した、視野の狭い常識のなかの話で、本当の、ほんまもんの京都は、出てる杭は最初は打つけども、それでもくじけず、にょきっと杭の頭を出し続けていれば、いつかは、この人はこういう人やさかい”と周りの人たちが認めてくれる社会だったかもしれない。
私はいつも最初の時点で、釘の頭をはたかれる攻撃のときに諦めて頭を引っ込めていたから、次の新しい景色を見ずに終わってたのかもしれない。
・愛情があっても法律がなければ、守られない権利もある”と書いてあり、法律上は結してない同性婚では、相続する権利が無いことを知った。
子どものいる同性カップルの家族は、法律上は二人が揃って親になることはできないとも置いてあり、問題提起してもっと良くしていこうという前向きな内容の本だったけど、読めば読むはと私と輪と論の子どもの結びつきは、法律で認められないあやふやな絆に思えた。
家族と過ごす時間はとても幸せである。幸せな家族だけの時間だからこそ、家族であることを法律が認めることは大切ではないか。二人でいることで、より強く社会からの隔絶や排除を感じさせてはならない。
同性婚は、社会の中で二人ぼっちになっているたくさんの同性カップルにとって、ようやく変心して二人の時間を過ごすことができる、柔らかいソファなのかもしれない。
本の最後の方に書かれたこの言葉を読み、柔らかいソファという例えが心に染みた。私と論と
輪の子どもの三人で、柔らかいソファに並んで座れる日は来るのだろうか。
・中学生のときに亡くしたひいばあちゃんが長生きしたがっていたのに目標寿命まではぎりぎり果たせなかったせいで、私はひいばあちゃんの遺志を継ぎ、自分も長生きしたいと思うようになっていた。その思いは消えたいほど辛いと感じた日々でも、自分で死ぬという最終手段までは思いとどまらせてくれる、強力な抑止力として働いてた。心に宿ったお守りのような遺志だった。
でも命はあんなにも、あっけなく終わる。
激しく煌めく短い命。なぜ分からなかったんだろう。どれだけ長生きしても、人生は短い。
永遠に生きられるわけでもないのに、嫌なことがあるとき、緊張することがあるとき、逆に近い未来にわくわく楽しみなことがあるとき、”時間が早く過ぎますように”と人生のうちで何度願っただろう。もしかしてあんなふうに時間を無駄にしたことを、私は死ぬとき後悔するだろうか。今ならどんな時間も貴重だと痛感するほどに。だとしたらこれからはどんな出来事も慈しもう。スキップしていい時間なんて一秒も無いという風に。
百歳まで生きたとしても、人間の尺では長生きだけど、宇宙の尺からすれば一瞬。悠久の時の視点から見れば、百歳で死ぬのも、もっと幼い歳で死ぬのもさほど変わりない。どれだけ長生きしても、人生は短いと言い切れる理由が人間にはある、なぜなら人間もまた生き物として時に完敗する存在だから。目の前を慌ただしく行き交う、早歩きの人々の群れを眺める。どの人の顔も、泣き出すのをこらえてるように見える。なぜだろう、たとえ百まで生きたとて、人生はこんなにも短いのに、なぜみんな時間を無為に過ごすんだろう。自分も。電車を乗り換えて乗り換えて、一体どこを目指してるんだろう。
地下鉄には私のようにどちらに進んでいいか分からない人など一人もおらず、みんな脇目もふらずに、次の電車に乗るための道を早足で歩いている。私だって今日になる前は、彼らの一員として通勤したり帰路についたりしていたから、何度も前を通り過ぎてきたはずなのに、今私の隣にある甘味のおみやげ屋さんがこんな場所にあることさえ気づいてなかった。
物事が急速に、でもじっくりと動き出す。例えるなら永年の時を経て地下から噴出してきた溶岩が、ゆっくりと、しかし着実に山の地肌を侵食し焦土にしていくようなスピードで。いまはまだ赤黒く恐ろしい様相で山の斜面を雪崩れてゆく溶岩も、いつかは冷えて固まる。その前に、私は動き出きなくてはならない。この気持ちがまた日常に熱を奪われてまったく動かなくなる前に。