
綾鷹
@ayataka
2026年4月29日

乳と卵
川上未映子
豊胸手術に執着する姉・巻子と、思春期で声を失った娘・緑子、そして語り手の「私」が東京で過ごす3日間の物語。身体への違和感、貧困、女性としての生き方に葛藤する母子が、衝突を経て相互理解に近づく姿を描いた作品。
登場人物が頭の中で考えている内容をそのまま覗いたような独特の文章。
こんな文体は初めて読んだなぁ。。
最初は違和感を感じるが、取り留めもない話し方が逆に現実的で登場人物の話を直接聞いている気分に。
巻子の「緑子、ほんまのことって、ほんまのことってね、みんなほんまのことってあると思うでしょ、絶対にものごとには、ほんまのことがあるのやって、みんなそう思うでしょ、でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで。」というセリフが特に印象に残った。人間は完全に合理的な存在ではないということ。
うまくいかなくても生きる苦しさ、女としての葛藤から始まり、最後は母を想う子供の切なさ、密かに思い合ういじらしさを感じる。
最後に主人公が緑子の日記を読むシーンは、緑子の本音を知って心が温かくなった。
◾️乳と卵
・もしあたしにも生理がきたらそれから毎月、それがなくなるまで何十年も股から血が出ることになって、おそろしいような、気分になる、それは自分では止められへん。それにナプキンが家にないし、それもブルーで、もし生理があたしに来たってだいたいお母さんにはいうつもりないし、ぜったい隠して生きていくし、だいたい本のなかに初潮を迎えた(↑迎えるって豚手にきただけやろ)女の子を主人公にした小説っていうか本があって、読んだら、そのなかであたしもこれでいつかお母さんになれるんだわ。って感動して生んでくれてありがとう、みたいなシーンにそういうセリフが書いてあってびっくりして二度見した。本のなかではみんな生理を喜んで、お母さんに相談して、これで一人前の女、とか、おめでとうとか、実際に友達でも、手当てっていうか赤飯とかそういうのしてもらってるねんけどそれはすごすぎる。だいたい本に書かれてる生理はなんかいい感じに書かれすぎてるような気がします。これはこれを読んだ人に、こう思いなさいよってことのような気がする。こないだも学校で、移動んときに、誰かが、女に生まれてきたからにはいつか子どもは生みたい、みたいなことゆってて、単にあそこから出血する、ってことが女になるってことになって、それからなんか女として、みたいな話になって、いのちを生む、とかそういうでっかい気持ちになれるのはなんでやろうか。そしてそれがほんまにほんまにいいことって自分で思うことなんかな。あたしはちがうような気がしてそれが厭な原因のような気がしてる。こういう本を読むか読まされてかして、そういうもんやってことに、されてるだけじゃないのか。あたしは勝手にお腹がへったり、勝手に生理になったりするようなこんな体があって、その中に閉じ込められてるって感じる。んで生まれてきたら最後、生きてご飯を食べ続けて、お金をかせいで生きていかなあかんことだけでもしんどいことです。
お母さんを見てたら、毎日を働きまくっても毎日しんどく、なんで、と思ってまう、これいっこだけでもういっぱいやのに、その中からまた別の体を出すとか、そんなこと、想像も出来んし、そういうことがみんなほんまに素晴らしくてすてきなことって自分で考えてちゃんとそう思うのですかね。ひとりでこれについて考えたときにすごくブルーになるから、あたしにとってはいいことじゃないのはたしかで、それに、生理がくるってことは受精ができるってことでそれは妊娠ということで、それはこんなふうに、食べたり考えたりする人間がふえるってことで、そのことを思うとなんで、と絶望的な、おおげさな気分になってしまう、ぜったいに子どもなんか生まないとあたしは思う。
・洗いながらも巻子は不自然極まりない感じでタオルを前面にぺたりと貼りつけており、それは洗い難さこのうえなしでしょうといった風なのだけれどもわたしはそれには黙ったまま、髪を洗って、流して、湯をしぼって切ってると、顔に泡をつけて叩くように洗いながらの巻子がこっちを見て、急に思い出したような様子で、「なあ、仕事はうまいこといってんの」と妙に明るく訊き、「あんた東京何年になるんやっけ、五年?今年で六年目?どうなんよ」となお明るさをもって続けるので、わたしは一瞬、言葉につまるも、「まあ、まあまあまあ、」とさらにうえをゆく明るさでもって笑いながら、「大丈夫ですよ、そら、」とさらに笑い顔を重ねてみた。なにひとつうまくゆかぬ仕事、というか仕事、にもなってないただの希望、というか、そんなようなもののこと、それは自動的に自分の年齢をも連れてくるもので、それらを思うと、それらについて考えてしまうと、それは途端に全停止、っていうか、単純にもう動けなくなってしまう、どうしようもないものであるのだけれども、「や、今年に入って巻ちゃん、わたし、うまくいきすぎ」などと言葉を足して、さらに笑って誤魔化した。巻子はほっとした様子で、そっか、と受けて、あんたの仕事のことはようわからんけど、悔いのないように、がんばるんやで、と云って、洗いに戻った。
・それから、どう考えてよいのかわからないこと。まず、受精して、それが女であるよって決まったときには、すでにその女の生まれてもない赤ちゃんの卵巣のなかには、(そのときにもう卵巣があるのがこわいし)、卵子のもと、みたいなのが七百万個、もあって、このときが一番多いらしい、そして、それから、その卵子のもとはどんどんどんどん減ってって、生まれたときにはそれが百万とかにまで減って、絶対に新しく増えたりすることはないのらしい。それでそっからもどんどん減ってって、あたしらぐらいの年になって、生理が来たときには三十万個くらいになって、その中のほんのちょっとだけが、ちゃんと成長して、その、増えるにつながる、あの受精、妊娠をできる卵になるのらしい。ちょっと考えたらこれはとてもおそろしいことで、生まれるまえからあたしのなかに人を生むもとがあるということ。大量にあったということ。
生まれるまえから生むをもってる。ほんで、これは、本のなかに書いてあるだけのことじゃなくて、このあたしのお腹の中にじっさいほんまに、今、起こってあることやと、いうことを思うと、生まれるまえの生まれるもんが、生まれるまえのなかにあって、かきむしりたい、むさくさにぶち破りたい気分になる、なんやねんなこれは。
・胸について書きます。あたしは、なかったものがふえてゆく、ふくらんでゆく、ここにふたつあたしには関係なくふくらんで、なんのためにふくらむん。
どこからくるの、なんでこのままじゃおれんのか。女子のなかには見せあって大きくなってるのをじまんする子もおったり、うれしがって、男子もおちょくってみんなそんなふうになってなんでそんなんがうれしいの、あたしが変か?
あたしは胸のふくらむのが厭、めさんこ厭、死ぬほど厭や、そやのにお母さんはふくらましたいって電話で豊胸手術の話をしてる、病院の人と話してる、ぜんぶききたくてこっそりちかよってってきく、子ども生んでからってゆういつものに、母乳やったので、とか。毎日毎日毎日毎日電話して毎日あほや、あたしにのませてなくなった母乳んとこに、ちゃうもんを切って入れてもっかいそれをふくらますんか、生むまえにもどすってことなんか、ほんだら生まなんだらよかったやん、お母さんの人生は、あたしを生まなんだらよかったやんか、みんなが生まれてこんかったら、なんも問題はないように思える、うれしいも悲しいも、何もかもがもとからないのだもの。卵子と精子があるのはその人のせいじゃないけれど、そしたら卵子と精子、みんながもうそれを合わせることをやめたらええと思う。
・巻子の足の裏で玉子の殻の砕ける小さな音がして、緑子の激しい息の音がして、巻子は、緑子、ほんまのことって、なに、緑子が知りたいほんまのことって、なに、と、体を震わせて泣く緑子に静かな声で訊けば、緑子は首を振って言葉にならへん、髪の毛から額から玉子のじゅるりが顔に垂れて、固まり始めたところもあり、明をしながら、ほ、ほんまのことを、と搾り出すのが精一杯、それから緑子は体を襲わせて泣き続け、巻子はそれを見ながら、首を振って小さな声で、緑子、ほんまのことって、ほんまのことってね、みんなほんまのことってあると思うでしょ、絶対にものごとには、ほんまのことがあるのやって、みんなそう思うでしょ、でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで。それから巻子は、何かを云ったのやけど、その声は小さくかすれていたためにわたしには届かず、それを聞いた緑子は、顔をあげて首を振ってそうじゃない、そうじゃないねん、でも色んなことが、色んなことが、他んなことが、と三回云って、台所の床に崩れるように突っ伏して、吐くような姿勢で一直線の太い声を絞り出して叩いて泣き続け、巻子はズボンの後ろのポケットから赤いハンカチを取り出して何度も何度も緑子の頭についた玉子を拭って、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を何度でも耳にかけてやり、ずいぶん長い時間を黙って、その背中をさすり続けた。
・それから、きのうのよる、お母さんの寝言でおきて、なんか面白いこというかなっておもってたら、おビールください、っておっきい声でゆって、びっくりして、ちょっとしたら涙がいっぱい出て朝までねれず、くるしい気持ちは、だれの苦しい気持ちも、厭やなあ。なくなればいいなあ。おかあさんがかわいそう。ほんまはずっと、かわいそう。
・巻子は来た時とおんなじように濃い目の化粧であった。新幹線のホームまで行くのはたいそうやから改札で時間が来るのを待ってるときに、わたしは巻ちゃん、豆乳よ、豆乳やで、豆乳を飲もう、と云い、巻子は豆乳飲んだことないねんと云い、緑子はなんで豆乳なんと訊くので、豆乳の色々が色々にいいのや、女の人にはとくにいいのや、と云って、どこでも売ってるから毎日、緑子も巻ちゃんとちゃんと一緒にな、と云った。それからまだ時間があったので、売店をうろうろとして、友達にお土産とかは、と訊くと緑子は首を振り、なんもいらん、と答えるので、じゃあまたこれでなんか買い、と云って財布から五千円を取り出して渡した。昨日も五千円くれて今日も、と緑子が驚くので、じゃあこれは、何つうか、お守りってことで。使ってもいいし、持っといてもいいし、それに昨日は花火買って結局できんままで、あれ、ちゃんととっとくから湿らんようにしとくから、来年ちゃんと全部しよなとわたしは云って、それから、別に夏じゃなくたってええねん。冬でも、春でも、会ったときにいつでも、したいときに花火しよう、と笑った。緑子も笑って、じゃあ寒くなって冬にしたいな。それからあと十分というまで一緒におって、巻子母子は改札を抜けて、ホームに向けて歩いていった。
何回も何回も緑子は振り返って手を振って、見えなくなったと思ったらまたひょこっと顔を出して、それから本当に見えなくなるまで、わたしも手を振った。
◾️あなたたちの恋愛は瀕死
・いい匂い。いい見栄っぱり。いい瓶、いい体。それからいいハンドバッグに、何もかものいい形。いい発色。いい目玉。いい毛髪にいい野心。化粧品売り場で検分したり、鏡をのぞき込んでる女たちはみな自分たちのなかにあるささやかな、それとも実はもう押さえきれないくらいの量になりつつある「いい」ものを手入れしに、あるいはさらに倍にしにここへやってきて、取り出しては見せあって、その口角はどれも同じように斜めうえにひっぱられて、よく見るとそれは笑顔と呼ばれるものだった。女たちはみな、笑ったりしているのだ。
