
霧
@yoruto
2026年4月30日
ぼんくら(上)
宮部みゆき
読み終わった
借りてきた
あらすじ
「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」--江戸・深川の鉄瓶長屋で八百屋の太助が殺された。その後、評判の良かった差配人が姿を消し、三つの家族も次々と失踪してしまった。いったい、この長屋には何が起きているのか。ぼんくらな同心・平四郎が動き始めた。著者渾身の長編時代ミステリー。
本文p278より、抜粋。
「それでも当時はわたくしも自慢でしたの」細君は忌々しそうに吐き捨てた。「わたくしも、あなたがわたくしを嫁にして自慢に感じておられることを感じて自慢に思っておりましたの。鼻高々でございましたわ」
「おまえが?」
「はい。夫に自慢に思われているということが自慢だったわけですわ。たかが見てくれのことだけだというのに。あなたがわたくしを妻として真に認めてくだすっているわけでもないのに。ただ見てくれがいいというだけで自慢にされているだけでございますのに」
平四郎は思わず言った。「しかし、そりゃ人情というものだろう」
「ですからいけませんのです」細君はきっとなった。「何も努力をしなくても、何ひとつ身についていなくても、ただ美しいというだけで人はちやほやしてくれる。これが良いことであるわけがございませんでしょ? それにねあなた、これはひっくり返せば、わたくしや姉様は、娘として妻として、どれほど真摯に努めましても、思ったほどには報われないということでございますよ。まわりの人びとは皆、姿形がきれいだということばかりに目を向けて、わたくしたちの中身を見ようとはしてくださらない。そういうことが続きますと、あなたわたくしたちだって気がくさくさして参りますのよ。いっそ見てくれの良さの上にあぐらをかき、楽をして世渡りをしようなどと、不届きなことのひとつも考えますわ」
