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霧
霧
@yoruto
  • 2026年8月21日
    僧正殺人事件
    僧正殺人事件
    あらすじ だあれが殺したコック・ロビン?「それは私」とスズメが言ったー。四月のニューヨーク、この有名な童謡の一節を模した不気味な殺人事件が勃発した。マザー・グース見立て殺人を示唆する手紙を送りつけてくる“僧正”の正体とは?史上類を見ない陰惨で冷酷な連続殺人に、心理学的手法で挑むファイロ・ヴァンス。江戸川乱歩が称讃し、後世に多大な影響を与えた至高の一品。 p330より、抜粋。 「空間と物質ーーこれが数学者の思索の領域なのさ。(中略)……さて、このような概念を一方に置いて計算するとき、自然とか人間の住む世界とか、人間の存在とかいったものは、どうなる? エディントンは、自然の法則など存在しないーーということは、自然は合理性において十分な法則では律することができない、という結論を出している。ああ、哀れむべきはショーペンハウアーだ。そして、バートランド・ラッセルは、現代物理学が必然的にたどりつく結論を要約して、物質は単にできごとの集まりであって物質自体は存在する必要が何もないと解釈すべきだと述べる。……この説を推し進めていくと、どうなる? 世界には原因がなく、世界は存在ではないとすれば、ただの人間の生命などーーあるいは国家の生命でといいがーーなにほどのものだろう? または存在自体についてでもいいが、なにほどのものかね?……」
  • 2026年8月16日
    英雄の書(下)
    英雄の書(下)
    あらすじ 友理子は“印を戴く者”ユーリとなり、額の印に魔力を授かって無名の地から帰還した。兄を探して、彼女が次に向ったのは『エルムの書』発祥の地ヘイトランドだった。従者として連れ帰った無名僧ソラ、魔法でネズミに化身した赤い本アジュ、謎の“狼”アッシュも同行するが、旅先では幾つもの試練が待ち受けていたーー。苛酷な冒険の果て、ユーリが知らされる驚愕の真実と本当の使命とは? 本文p236より、抜粋。  真の哀れみと許しは、グルグのような人にこそ与えられなければならない。迷いのない穏やかな口調で、ラトル先生は言った。 「それは、あなたのお兄さんも同じです」  自ら望んで『エルムの書』をひもとき、その力に魅入られ、"英雄"の器となった森崎大樹。 「あなたがお兄さんを捜すのは、あなたのようにお兄さんを愛してる者にしか、お兄さんを許すことができないからです。お兄さんを許し、解き放ってあげるためにこそ、あなたはお兄さんを追うのです。そこに、あなたの満足やあなたの慰めを求めてはいけない。あなたにしかできないことを成し遂げるために、あなたは進むのだから」
  • 2026年8月9日
    英雄の書(上)
    英雄の書(上)
    あらすじ 森崎友理子は小学五年生。ある日、中学生の兄・大樹が同級生を殺傷し、失踪するという事件が起きた。兄の身を心配する妹は、彼の部屋で不思議な声を聞く。「君のお兄さんは、“英雄”に憑かれてしまった」。大叔父の別荘から兄が持ち出した赤い本が囁いた。『エルムの書』に触れ、最後の器になってしまった、と。友理子は兄を救い出すべく、英雄が封印されていた“無名の地”へと旅立った。 本文p333より、抜粋。  お母さんは瞼を伏せた。「大樹が、お友達にひどいことをしたって思わない?」  ユーリは飲みかけのバナナジュースを見つめた。「お兄ちゃんがどうしてあんなことをしたのか理由がわかんないから、思わない。お兄ちゃんは、フツーの喧嘩だって、滅多にしなかったよ。でしょ?」  お母さんは黙ってうなずいた。 「そのお兄ちゃんがあんな事件を起こしちゃったのは、よくよく思うところがあって、ほかにはどうしようもなかったからだよ。もちろん、ナイフなんか持ち出す前に、お父さんお母さんや先生に相談するとか、ほかにいろいろな方法はあったと思う。いつものお兄ちゃんなら、それがわかったはずだよ。けど今度のことでは、いつものお兄ちゃんではいられないくらい、よくよくの理由があったんじゃないかな。その事情がわからないと、あたしにはお兄ちゃんが悪いって言えない。やったことはいけないことだけど、あたしはまずお兄ちゃんの言い分を聞いてあげたい。家族だもん、そうしてもいいと思う」
  • 2026年8月6日
    その世とこの世
    その世とこの世
    あらすじ いまここの向こうの「その世」に目を凝らす詩人と、「この世」の地べたから世界を見つめるライターが、1年半にわたり詩と手紙を交わした。東京とブライトン、老いや介護、各々の暮らしを背景に、言葉のほとりで文字を探る。奥村門土(モンドくん)描きおろしイラストを加えての、三世代異種表現コラボレーション。 本文p94より、抜粋。 「人類は少しずつ体を失っていく途上にあるのだから」と。ティーンたちは真剣にトランスヒューマンについて議論しているようです。近年、トランスジェンダーという言葉がいろんなところで話題になってきましたが、息子たちぐらいの世代になるとさらにその先を行っていて、もはや人間であるという壁さえ乗り越えたいと真剣に考える人たちがいるみたいなんです。なんでも、人間が脳をアップロードしてデータとして生きるようになれば、各人の体がなくなるので、人種差別やジェンダーやルッキズムや戦争や環境の問題など、ありとあらゆる問題が消え失せ、人間はいまよりずっと幸福に生きていけるのだそうです。
  • 2026年8月2日
    回廊亭殺人事件
    あらすじ 一代で財を成した一ケ原高顕が死んだ。妻子を持たない高顕の莫大な財産の相続にあたり、彼の遺言状が一族の前で公開されることになった。公開場所は旅館“回廊亭”。一族の他には、菊代という老婆が招待されていた。だが、菊代の真の目的は、半年前に回廊亭で起きた心中事件の真相を探ることだった…。その夜、第一の殺人が。斬新な趣向を凝らした傑作長編推理。
  • 2026年7月27日
    白馬山荘殺人事件
    あらすじ 1年前の冬、「マリア様はいつ帰るのか」という言葉を残して自殺した兄・公一の死に疑問を抱く女子大生ナオコは、新友のマコトと兄の死んだ信州白馬のペンション『まざあ・ぐうす』を訪ねた。マザー・グースの唄に秘められた謎。ペンションに隠された過去とは?暗号と密室トリックの謎に挑む、気鋭の本格推理力作。
  • 2026年7月22日
    詩的私的ジャック
    あらすじ 那古野市内の大学施設で女子大生が立て続けに殺害された。犯行現場はすべて密室。そのうえ、被害者の肌には意味不明の傷痕が残されていた。捜査線上に上がったのはN大学工学部助教授、犀川創平が担任する学生だった。彼の作る曲の歌詞と事件が奇妙に類似していたのだ。犯人はなぜ傷痕を残し、密室に異様に拘るのか?理系女子大生、西之園萌絵が論理的思考で謎に迫る。 本文p224より、抜粋。 「人が亡くなると悲しくなるのはどうしてですか?」萌絵は突然きいた。 「そうだね……」犀川は少し驚いたが、ひと呼吸おいて考えながら答えた。「一般論を言うつもりはないが……。悲しいという感情が、そもそもパーソナリティの喪失に対して象徴される概念だからだろう、きっと」 「パーソナリティの喪失?」 「そうだ。他人でも自分自身でも当てはまる」犀川が言った。 「失われることが何故悲しいんですか?」 「何かが欠ければ、健康でなくなる。つまり、苦しくなるからだろう」 「そう……、そういえば……」萌絵がコーヒーを飲みながら納得する。「殺人者は、他人のパーソナリティを消失させる…」 「自分のパーソナリティのためにね」犀川も、美味しいコーヒーを飲む。
  • 2026年7月20日
    日暮らし 下
    日暮らし 下
    あらすじ 「ねぇ叔父上、ここはひとつ、白紙に戻してみてはいかがでしょう」。元鉄瓶長屋差配人の久兵衛からもたらされた築地の大店。湊屋が長い間抱えてきた「ある事情」。葵を殺した本当の下手人は誰なのか。過去の嘘や隠し事のめくらましの中で、弓之助の推理が冴える。進化する“宮部ワールド”衝撃の結末へ。 本文p160より、抜粋。  何としても自分のしたいようにしたいし、そうしないと気が済まないが、しかしそれを他人様に見られて、あのお人は何でも自分の我を通さずにはいられない怖い人だよと言われるのは嫌だ。まあ、なんて横紙破りなことをする人だろう、あれは人の道に外れているよねと、後ろ指をさされるのは嫌だ。  いや、それどころか、自分のしたいようにするために踏みつけたり騙したりする当の相手からさえも、非難されたくない。怨まれたくない。こっちにはこっちの、やむにやまれぬ想いとやらがあるのだと、伝えて呑み込んでもらわねば満足できない。  欲張りだぜーーと、平四郎は思う。
  • 2026年7月13日
    雪の練習生
    雪の練習生
    あらすじ 腰を痛め、サーカスの花形から事務職に転身し、やがて自伝を書き始めた「わたし」。どうしても誰かに見せたくなり、文芸誌編集長のオットセイに読ませるが……。サーカスで女曲芸師ウルズラと伝説の芸を成し遂げた娘の「トスカ」、その息子で動物園の人気者となった「クヌート」へと受け継がれる、生の哀しみときらめき。ホッキョクグマ三代の物語をユーモラスに描く、野間文芸賞受賞作。 本文p126より、抜粋。  その時、目の前にあるトスカの瞳が黒い炎になってゆらめき始め、あたりがまぶしいくらい明るくなって、その明るさの中で天井と壁を区切る線が消えていった。トスカのことは少しも怖くなかったけれど、まわりの雰囲気が怖かった。わたしは足を踏み込んではいけない地帯に来てしまっていたのを感じていた。ここでは諸言語の文法が闇に包まれて色彩を失い、溶けあい、凍りついて海に浮かんでいる。「話しをしましょう。」一枚の氷の板の上にトスカといっしょに乗って海に浮かんでいるというだけで、トスカの言っていることが全部分かる。隣にも似たような氷の板が浮いていて、イヌイットと雪兎が話をしている。
  • 2026年7月10日
    おちゃめなパティ
    おちゃめなパティ
    あらすじ アメリカの女子寄宿学校、聖アーシュラ学園で暮らすパティは好奇心旺盛で正義感の強い女の子。ある日、同級生と学外の英国人との恋の噂が学園中を騒がせる。毎週届くスミレの花束。でも、その恋人って実在するのーー? 疑問を持ったパティは、親友のコニーとプリシラと共にあるいたずらを仕掛ける。果たして恋人の正体とは?『あしながおじさん』のウェブスターがおくる永遠の少女小説。
  • 2026年7月7日
    日暮らし 中 (講談社文庫 み 42-7)
    あらすじ 佐吉が人を殺めた疑いを受け、自身番に身柄を囚われた。しかも殺した相手が実の母、あの葵だという。今頃になって、誰が佐吉に、十八年前の事件の真相を教えたりしたのだろう?真実を探し江戸を走り回る平四郎。「叔父上、わたしは、本当のことがわからないままになってしまうことが案じられるのです」。 本文p129より、抜粋。 「つまり旦那も、俺がーーその、おふくろを手にかけたかもしれないってーー思っておられるんですよね」  平四郎が何か言う前に、笑い出すような勢いで急き込んで続ける。 「そうですよね。そりゃ当たり前だ。どう見たって俺は怪しいもの。しかも、亡骸の転がってるその場にいて、ふん捕まえられちまったんですからね。疑われたって何も言い返せませんよ。そりゃそうですよ」  裏返ったような声で、本当に笑い始めた。平四郎は膝の上に肘をつき、その手に顎を乗せて、奥歯を噛みしめながら佐吉の一人笑いを見守った。 「疑うということと、不安に思うということは違うぞ、佐吉」
  • 2026年6月23日
    日暮らし 上 (講談社文庫 み 42-6)
    あらすじ 浅草の似顔絵扇子絵師が殺された。しかも素人とは思えない鮮やかな手口で。「探索事は井筒様のお役目でしょう」-。岡っ引きの政五郎の手下、おでこの悩み、植木職人佐吉夫婦の心、煮売屋のお徳の商売敵。本所深川のぼんくら同心・平四郎と超美形の甥っ子・弓之助が動き出す。著者渾身の時代ミステリー。 本文p120より、抜粋。 「人は欲深いものだと、叔父上はよく言います」と、弓之助は言った。「わたくしが、生き物と別れるの嫌だ、だから飼わないというのも欲だと」 「欲……?」 「はい。一度自分が親しく思ったものが、どんな理由であれ離れてゆく。それが我慢できないというのも、立派な欲だと。それでも、その欲がなければ人は立ちゆかない。そういう欲はあっていいのだ。だから、別れるのが嫌だから生き物と親しまないというのは、賢いことでないーー」  弓之助は頭を動かし、空を仰いだ。 「そして、いつか別れるのではないかと、別れる前から怖れ怯えて暮らすのも、愚かなことだと教わりました。それは別れが怖いのではなく、自分が手にしたものを手放したくないという欲に、ただただ振り回されているだけのことなのだから」
  • 2026年6月5日
    初ものがたり
    初ものがたり
    あらすじ 鰹、白魚、鮭、柿、桜…。江戸の四季を彩る「初もの」がからんだ謎また謎。本所深川一帯をあずかる「回向院の旦那」こと岡っ引きの茂七が、子分の糸吉や権三らと難事件の数々に挑む。夜っぴて屋台を開いている正体不明の稲荷寿司屋の親父、霊力をもつという「拝み屋」の少年など、一癖二癖ある脇役たちも縦横無尽に神出鬼没。人情と季節感にあふれた時代ミステリー・ワールドへご招待! 本文p75より、抜粋。  取り調べは峻烈をきわめた。  茂七はむろんのこと、この件を扱うことになった本所深川方の同心も、頭から湯気が出るほど腹を立てていたからだ。この旦那は、子供らのためのお救い小屋をつくるという件に、いちばん熱心な人でもあった。 「情けない、俺は情けないぞ、茂七」  自身番のなかで地面を踏みならして、旦那はわめいたものだ。 「いつから、この町の人間はこんな非道なことをできるようになった。いつから、こんな犬畜生でもやらないことをするようになった。教えてくれ、茂七」
  • 2026年6月3日
    暗闇坂の人喰いの木
    あらすじ さらし首の名所だった「暗闇坂」にそそり立つ樹齢二千年の大楠。この巨木が次々に人間を呑み込んだのか。近寄る人間たちを狂気に駆り立てる大楠の謎とは。とうてい信じられない怪事件に名探偵・御手洗潔が敢然と挑む。しかしながら真相に迫る御手洗も恐怖にふるえるほど、事件は凄惨を極めるものだった。本格ミステリーの巨匠が精力を注いだ大傑作。
  • 2026年5月17日
    ぼんくら(下)
    ぼんくら(下)
    あらすじ 「俺、ここでいったい何をやっているんだろう」。江戸・深川の鉄瓶長屋を舞台に店子が次々と姿を消すと、差配人の佐吉は蒼白な顔をした。親思いの娘・お露、煮売屋の未亡人・お徳ら個性的な住人たちを脅えさせる怪事件。同心の平四郎と甥の美少年・弓之助が、事件の裏に潜む陰謀に迫る「宮部ワールド」の傑作。 本文p121より、抜粋。 「拝んで尊んで、それが本当に神仏に通じるならなあ」平四郎はまったく敬虔でない証に、鼻毛を抜きながら言った。「しかし神さんも仏さんも、みんなの願いをかなえることはできんだろ。河内屋も大繁盛近江屋も大繁盛、みんな大繁盛というわけにはいかんだろうがさ」 「そうですね。でも、それでいいんです」 「熱心に拝んでるのに、それが通じなくてもいいってのかい?」 「はい。心の拠り所になれば良いのです。上手くいったときには神仏のおかげさまとする。まずくいったときには神仏の奉じ方が足りなかったとする。そうしておけば、どうしようもない幸も不幸も、運も不運も、取り扱いようが決まるというわけでございますから」
  • 2026年5月7日
    ある閉ざされた雪の山荘で (講談社文庫 ひ 17-12)
    あらすじ  早春の乗鞍高原のペンションに集まったのは、オーディションに合格した男女七名。これから舞台稽古が始まる。豪雪に襲われ孤立した山荘での殺人劇だ。だが、一人また一人と現実に仲間が消えていくにつれ、彼らの間に疑惑が生まれた。はたしてこれは本当に芝居なのか? 本文p190〜、抜粋。 「そうだった。小田さんといったかな、あの人は我々全員の顔を見ているし、名前を書いたリストだって持ってる。テレビや新聞を見て、すぐに警察に届けるに違いない。そうなれば捜索がなされて、死体も見つかる。ところが一人だけ足りないわけだから、その者が当然犯人として指名手配されることになる」 「そういう展開になるでしょうね。それとも犯人はそこまで深く考えていないのか」 「考えないなんてことは、ありえないと思うわ」 「ここまで巧妙に計画を立てた人間なら尚のこと、な」 (中略) 「ねえ、まさか犯人までが死ぬ気だってことはないでしょうね」 「えっ?」 「殺人を終えた後、犯人が自殺するつもりだとどうなるの? それだと後のことなんか考えなくてもいいわけよね」
  • 2026年5月1日
    闇より暗き我が祈り
    闇より暗き我が祈り
    あらすじ  ヴァージニア州の田舎町で葬儀社に勤めるネイサンは、イーソー牧師殺害事件の調査を信徒から依頼される。腐敗した保安官事務所があてにならないからだ。調査のなかで次第に、牧師に裏の顔があったことが判明する。有権者やギャングからの多額の寄付は何を意味するのか。町を支配する暴力から目を背ける神と保安官に代わり、自分の力だけで解決しようとネイサンは決意するが……現代ノワール小説の俊英の鮮烈なデビュー作。 本文p338より、抜粋。 「おまえは神を信じてないと思ってた」おれは言った。 「誰かが地獄に行って当然だと思うときに、神を信じる必要はない。これをもらって病院から出た二週間後」彼は喉の下の傷を指差して言った。「あの腐れ保安官はこの髪をつかんでおれをおばの家から引きずり出し、留置場に放り込んだ。で、デルバート・グリーンと組んで、さんざんおれを殴ったり蹴ったりして、アーノルドたちに復讐したければ自白しろと迫った。おばがあいつらを起訴しようとしたが、どこ吹く風よ。だから死ね。それだけじゃない。もっとひどいこともしてるだろ。おまえの両親が死んだときのことは言うまでもなく。地獄に行かなきゃならない人間もいるのさ、ネイト。それを手伝うのがおれたちの仕事だ。おまえは別にへまをしてない。へまをしたのは、おまえの友だちを連れ去った彼らだ」スカンクは言い、茶をごくごく飲んだ。おれはスカンクが言ったことを考えた。おれたちはいつ、誰が生きて誰が死ぬかの裁定者になった?
  • 2026年4月30日
    ぼんくら(上)
    ぼんくら(上)
    あらすじ 「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」--江戸・深川の鉄瓶長屋で八百屋の太助が殺された。その後、評判の良かった差配人が姿を消し、三つの家族も次々と失踪してしまった。いったい、この長屋には何が起きているのか。ぼんくらな同心・平四郎が動き始めた。著者渾身の長編時代ミステリー。 本文p278より、抜粋。 「それでも当時はわたくしも自慢でしたの」細君は忌々しそうに吐き捨てた。「わたくしも、あなたがわたくしを嫁にして自慢に感じておられることを感じて自慢に思っておりましたの。鼻高々でございましたわ」 「おまえが?」 「はい。夫に自慢に思われているということが自慢だったわけですわ。たかが見てくれのことだけだというのに。あなたがわたくしを妻として真に認めてくだすっているわけでもないのに。ただ見てくれがいいというだけで自慢にされているだけでございますのに」  平四郎は思わず言った。「しかし、そりゃ人情というものだろう」 「ですからいけませんのです」細君はきっとなった。「何も努力をしなくても、何ひとつ身についていなくても、ただ美しいというだけで人はちやほやしてくれる。これが良いことであるわけがございませんでしょ? それにねあなた、これはひっくり返せば、わたくしや姉様は、娘として妻として、どれほど真摯に努めましても、思ったほどには報われないということでございますよ。まわりの人びとは皆、姿形がきれいだということばかりに目を向けて、わたくしたちの中身を見ようとはしてくださらない。そういうことが続きますと、あなたわたくしたちだって気がくさくさして参りますのよ。いっそ見てくれの良さの上にあぐらをかき、楽をして世渡りをしようなどと、不届きなことのひとつも考えますわ」
  • 2026年4月19日
    流浪の月
    流浪の月
    あらすじ あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたいーー。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人間を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。 p248より、抜粋。 「もう結婚すればいいのに」  そうねえと受け流してソーダバーを舐めた。これ以上なく切実に必要としていても、わたしは文とキスをしたいとは思わないし、ましてや寝たくなど絶対にない。文とはただ一緒にいたいだけだ。そういう気持ちにつけられる名前がみつからない。  人と人がただ一緒にいることにすら、目に見えないルールのようなものがあって、わたしと文は出会ったときから、そこからはじき出されている。いつも居場所がない気分というのはひどく疲れる。わたしはソーダバーを舐めながら空を見上げた。 「どこか遠いところにいきたいなあ」
  • 2026年4月15日
    東京下町殺人暮色 (光文社文庫 み 13-1)
    あらすじ 13歳の八木沢順が、刑事である父の道雄と生活を始めたのは、ウォーターフロントとして注目を集めている、隅田川と荒川にはさまれた東京の下町だった。そのころ町内では、“ある家で人殺しがあった”という噂で持ち切りだった。はたして荒川でバラバラ死体の一部が発見されて…。 p191〜、抜粋。  ぼっちゃまーーと、ハナは身を乗り出した。 「わたくしが申し上げたかったのは、人は誰でも武装するものだ、ということでございます。ただ、何で武装するかは、その人によって違います。鎧を着る人もいれば、鉄砲を持つ人もいます。空手を習う方もいるでしょう。そして、どう武装しているかによって、歩く場所も違ってまいります」  ハナの声は優しかった。 「旦那さまは、頑丈な鎧兜に身を固めておられます。ですから、野越え山越えずんずん進んで好きな道を進んでいらっしゃられます。でも奥様はーーぼっちゃまのお母さまは、小さな守り刀くらいしか身につけていらっしゃらないのでしょう。ハナはそう思います。ですから、旦那さまについていらっしゃりたくても、断念しなければならないときが来てしまったのではありますまいか。そしてそれは、旦那さまがお悪いのでも、奥様に非があるのでもございません。もちろんぼっちゃまのせいでもございません。こういうことを、『ご縁がなかった』と申すのでございますよ。悲しいけれど、ときには避けて通れないことでございます」
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