
yomitaos
@chsy7188
2026年5月1日
読み終わった
@ 自宅
多感な時期にインターネット黎明期を迎えたこともあり、とかく機械への順応を求められた自覚がある。ついていけないと取り残されてしまうという心配もあり、なんとか食らいついてきたが、根底には機械への不信がずっとあった。なんか、機械に使われてきた気がするのだ。
本書を読んでみて、本題とは少しズレてしまったが、自分が機械ぎらいなのではなく、サービスぎらいなことに気がついた。
運営元の利益のために行われるサービスが、いかにも公共のツラをして、「私たちはこれだけ有用なサービスをあなたに提供してるんです。だからウチのやり方に従ってくださいね」と、機械のインターフェースを介して、笑顔でカツアゲしてくるのがきらいなのだ。何様だよ。
高齢者に機械ぎらいが多いと一般的に言われるが、これは厳密には違うのではないか。複雑な操作への理解を強制されるが、こっちは別に求めていない。でも使えないとまわりの人に迷惑がかかってしまう。それは本意ではない。だから何とか順応しようとするが、その官僚主義的に従うようなふるまいを求められることへの嫌悪は残る。機械ぎらいとは、官僚主義への抵抗者とも言える。
もしそう言い換えられるのであれば、私は機械ぎらいでいい。機械やサービスは消費者にかしずくべきもので、命令される筋合いはない。そんな偏屈な生き方を貫きたいと思った。