
ジクロロ
@jirowcrew
2026年5月1日
明かしえぬ共同体
モリス・ブランショ,
西谷修
読んでる
私というものが生きている特異性だとすれば、それは低劣さの極みにまで、いいかえればその侮蔑を私にふさわしいものとする唯一の卑劣さを体験するところまで、降り下って行くべきなのだろう。それはある意味で悪の至高性でもあるだろうし、あるいは、もはや分かち合われることなく、そして侮蔑によっておのれを表明しながら、人を生かすあるいは生き延びさせる見下しにまで達する、廃位された至高性でもあるだろう。
(p.56)
マッツォーラ リヴェラ リヴァ
世界のどこにでもいる気分でぼくは
幸せだった、廃位された王のように
(『パピエ・コレⅢ』 ジョルジュ・ペロス)
『パピエ・コレⅢ』が出版された1978年、ペロスは亡くなる。
『明かされぬ共同体』は1983年発表。
バタイユの『至高性(呪われた部分)』を形容する
「廃位された」。
この冠は、ペロスへのオマージュであるとともに、
「至高性」と「王」、
二人の孤独に対する在り方を結びつけるための
ブランショの計らいであったとすれば。
バタイユもペロスも、同じ「ジョルジュ」。
「廃位」とは、
各々の孤独のうちに芽生える自由と恍惚、
そのどうしようもなさ。