mikiko1732
@mikiko1732
2026年4月30日
今日も、ちゃ舞台の上でおどる
坂口涼太郎
読み終わった
この本を読んでいる間ずっと、須賀敦子の「きっちり足に合った靴さえあれば、自分はどこまでも歩いていけるはずだ」という言葉が脳裏をめぐっていた。
どうしてだろう。
坂口涼太郎の文章は須賀敦子とは似ても似つかないし、共通している点といえば両者とも書いたものが「エッセイ」というジャンルに振り分けられる、ということぐらいしか思いつかない。
自分はといえば合った靴を履いているのかそうではないのかもわからないし、いつもぬかるみの中をのしのしと歩いているような気がする。どこまでも歩いていける、というより、どこまでも歩いていかなければならない、という強制じみた感覚に捕らわれている。
ぬかるみの中に立ちながら、よく泣きよく笑う坂口涼太郎の文章を読んでいると、ふっと足下が軽くなるような瞬間がある。そのとき見上げれば、著者の坂口涼太郎自身が「きっちり足に合った靴」を履いてちゃぶ台の上でくるくると踊って、そのままちゃぶ台ごと「どこまでも」キラキラと飛んでいってしまうという幻覚を見た。(「歩いて」ではないところ坂口涼太郎っぽいなと思う」)
「どこまでも歩いていけるはずだ」という軽やかさを坂口涼太郎の文章が体現していて、読んでいるとそのままふっと自分もどこまでも行けてしまう気がする。というより、行ってしまっていい気がする。坂口涼太郎のように、くるくると踊りながら行ってしまおう。靴じゃないけど、坂口涼太郎の文章をお供にどこまでも歩いて自分のすきなところに行けるよ。
途中、途中に挟まれる短歌も良く、
「いきているときにのこしたことばらを読みふけっては星の目をみる」
読書という行為をとても素敵に表現しているような気がしてとても気に入っている。短歌集を出してくれたらいいのにな、と思う。
