がのおどり "文庫版 書楼弔堂 破暁" 2026年5月2日

文庫版 書楼弔堂 破暁
「見て見ぬ振り、云わぬが花の約束ごと。それを解さぬは――愚か者。そう云うことでございますよ。ないものはない。ないと識って尚、あるように振る舞う――この国にはそうした文化があったのです。それは、この国の良きところ、残すべき在り方だと私は思いまする。ところが、その文化が失われてしまった。あるかないかの二者択一、結局ないものもあるように考えてしまう。それこそ蒙昧、迷妄と云うもの。」 --------------- 「皆が右を向いて走っているからと云って、あなた様の目的も右の方にあるとは限らないのでございます。右を向いて左に進めば、後ろ向きに進んでいることにもなりましょう。ならば、本来の目的からの距離もどんどん離れることにもなりましょうな。隙間が大きくなる。それが――」  闕如として感じられるのですと主は云った。 「あなた様のお仕事は、決して後ろ向きではございません。無意味結構。非寓意結構でございます。小説とは本来そう云うものでございましょう。意味だ思想だ、そんなものはそれこそ幽霊のようなもの。小説を読み、そこに何を見出すか、どんな幽霊を見るのかは、読者次第でございます。 --------------- 善し悪しなど誰に判じられると云うのですと、弔堂は云った。 「人間は、先程の書きかけの書物と同じです。未完なのですよ、高遠様。未完で良いのです。本は書き終われば、或いは読み終われば完です。しかし、生きていると云うことは、ずっと未完と云うこと」 「未完か」  ならば明日のことなど判りますまいと弔堂は云った。
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