
勝村巌
@katsumura
2026年5月2日
プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
アンディ・ウィアー,
小野田和子,
鷲尾直広
SF大作としてライアン・ゴズリング主演のSONY映画で公開されていて大変な話題になっていたので見に行ったら素晴らしかったので、少し前に話題になっていた小説の方にも食指を伸ばしてみた。
オーディブルの音読で聴きました。上下巻で合計24時間以上ありましたが、ロッキーの音声の処理などが和音の合成で音楽的になっており、なかなか手が混んでいるなと思いました。
お話としては恒星間旅行の動機づけとしての宇宙バクテリアの存在が荒唐無稽だがかなり科学的に緻密に表されていて、知的好奇心を揺さぶられた。
また、主人公が当初記憶に障害があり、振り返る形で物語が同時進行していくのは面白いと思った。記憶健忘がどういう時間感覚で忘れたり思い出したりするのか不明だが、ここはなんとなく、近い記憶としてロケットの発射付近から思い出して、だんだんと過去に遡っていくのが理屈のような気がするが、そこは小説なテクニックとして、二つの時系列を同時並行させることでドラマを作っているので、そこは作劇の工夫として細かいことは言わないこととしよう。大変なテクニックだと思った。
現在、日本の教育では高次の資質能力、みたいなキーワードがあり、ブリコラージュ的な考え方に基づき、知識を有効に活用するという知識と判断の結びつきが求められている。
このアンディ・ウィアーの作風として前作の火星の人も同様だったが、本作でも科学的知識を具体的な生に活用するシーンが多く出てくる。
記憶喪失の中、閉ざされたラボの重力を計算するために振り子の原理を活用したり、様々な実験をその場にあるもので進めて現状を把握する様が描かれているが、これはマスターキートンとか冒険野郎マクガイバーとかでも大変に興奮するシナリオでサバイバルものとして大変に成功していると思う。
また、中盤以降はファーストコンタクものの要素やバディものの要素も加わり、異星人ラッキーとの交流や種を超えた友情が感動的に描かれて、お互いの自己犠牲と尊敬のあり方には小説の中のキャラクターとはいえ大変に泣かされた。すごくよかった。
また地球上のヘイルメアリープロジェクトチームの面々も個性派揃いでよかった。ディミトリはロシア的豪傑でグレイスとオタク友達的に科学者的な共感を持っていたようで、なんかよかった。
また、プロジェクトのチーフとして冷淡なリーダーシップを取る、エヴァ・ストラットのキャラも良かった。彼女が終盤に自分は歴史で学位を取った、という話をするシーンは米粒写経の居島一平も泣いた、と言っていたが、僕もだいぶグッと来た。科学者のオプディミズムと人文学者のペシミズムの表裏一体がうまく表されたキャラだった。
冒頭の2+2という問いはドストエフスキーの地下室の手記の公式だし、小型輸送船がジョン、ポール、ジョージ、リンゴのビートルズの命名なのは「アクロスザユニバース」へのオマージュだろう。それ以外にも多彩な文化的、オタク的目配せもあり、大変楽しんだ。
結局、地球は救われるが、実際にどんな地獄が展開されたかには触れず、結果のみが知らされるラストは潔くオプディミズムに満ち溢れていた。
その後、グレイスは幸せに暮らしたとさ、めでたしめでたし、で終わっているのはこれがおとぎ話である、ということのメタファーなのだろう。読後感は爽やかだが、奥にあるのは人間の恐ろしさをイマジネーションしてみる大切さだと思うし、そういうふうに書いているところに小説的な強さ、SFというジャンルについて意識的で素晴らしいと思った。
映画も見たし、音読も聴いた。あとは小説も読もうかな。また、グレイスとロッキーに会いたくなってます。オススメの作品でした。



