@s_ota92
2026年5月4日
p9
「空間、そして時間。それらのいずれとも、彼女は乖離していた。」
p14
「たとえるならば、それは天体の運行に類似している。たまたま、彼女の軌道と、僕の軌道が、最も接近する位置に、そのときの二人が存在しただけのこと。つまり、偶然。次の瞬間にはもう、僕たちは遠ざかる一方で、以後二度と、そんな近しい距離へ、そんな奇跡的な関係へは、戻ることができなかった。」
p25
「「四季といいます。」」
p29
「「自分自身をコントロールすることを忘れてはいけないわ。」」
p32
「「ありがとう、パパ。」」
p33
「数ヶ月で、彼女は、英語とドイツ語を完全にマスタした。」
p34
「つまりは、彼女と会話ができる機会は、一人一度きり、数分間しかない、ということが周囲に知られるようになった。」
p36
「森川が来るようになって、再び四季は電子工作に熱中し始めた。」
p38
「「不思議。」」
p40
「「その心配はありません。見せてくれたら、私はますます貴方が好きになるでしょう。貴方の描いた絵を見たときのように、もっと貴方のことを知りたくなるわ。」」
p44
「「僕の方が死んでも良かった。そちらの方がずっと簡単だけれど、それには、彼女がうんと言わなかった。自分は残されたくない。自分の方がさきに死にたい、と彼女にお願いされてしまったんだ。」」
p45
「しかし、四季自身は、計算高い人間の方が「便利」だと、僕にもらしたことがある。」
p47
「「そうみたいね。私も期待はしていない。お母様の判断は、実はとても優しいものだし、それに正しいわ。」」
p51
「静かだ。空間が、止まって。時間が、黙って。四季は、表情を変えず、軽く微笑んだまま、僕を見据えている。」
p53
「「私には、貴方が見えるわ。」」
p60
「「見ては駄目?私、死んでいる人間を一度も見たことがないの。是非、見てみたい。」」
p62
「「人は、いつかは必ず死ぬのに。」」
p73
「真賀田教授というのは、四季の父親のことである。四季の母親も教授であるが、旧姓で呼ばれている。」
p80
「「どこにいても、自分には影響がほとんどない、そういう場所を選んでいます。完全に外的要因を遮断できるような、理想的な環境は滅多にありませんけれど。」」
p83
「「貴方にとって価値がなくても、私には価値があるの。ですから、私に黙って消えてしまわないで。」」
p85
「新藤清二も裕見子も、森川須磨とはこのときが初対面である。」
p89
「彼女が表情を変えることは、彼女が計算してそうしている場合以外にはないといえる。しかし、このとき、僅かに漏れ出た光のように、ほんの一瞬だけ僕には見えた。」
p91
「「また、其志雄君と話していたね。どんな話題?」」
p91
「「物理学、工学のプロセス、あるいはツールとして数学を学んでます。」」
p92
「「今は、私の手は、とても文字が書けるような耐久性を持っていません。文字を書いていたら、どれだけ時間があっても足りないでしょう。思考の記録をもっと迅速に行うようなシステムがあれば、嬉しいのですが。」」
p93
「「叔父様、それよりも、一度遊園地に連れていってもらいたいの。」」
p96
「「そう、人が沢山いた。どうして、あんなに人間が沢山必要なのかしら。密集することに、価値が見出せない。」」
p97
「「作りものだとわかっていても、その場では楽しめる、というのは、高等な精神構造なのか、それとも単純なのか、少し考え直さなければいけないわ。私が想像しているよりも、人間の感情コントロールは回路が多そう。誰でも切り換えられる。何のために、こんなストラクチャになったのかしら。どうして、一つの躰に一つの精神を据えて、着実なコントロール系を構築しなかったのだろう。生きるためには、そちらの方が絶対に都合が良いのに。必要とはとうてい思えないものが、沢山あるの。」」
p99
「同じ大学の森川須磨、それに、新藤病院の看護婦であった阪本美絵、この二人の女性が、浅埜と知り合いだったことは、事実だ。」
p105
「「はじめまして、佐織と申します。」」
p108
「「神様の仕事は、人間を騙すことです。」四季は言った。「お金を稼がれますように、そして、今度お会いするときには、私に新しい靴を買っていらしてね。」」
p110
「このまえに会ったときには、彼女はコンピュータの話をしていた。」
p115
「「私には、今のところ、書物で充分です。読む本がなくなったら、どなたかに伺いに参ります。何をどなたにきけば良いかくらいのことはわかります。大学へ入学するメリットは、実験設備を使用できる、ということでしょうけれど、これもまだその必要性に迫られてはいません。それほど先駆的な領域へは私が到達していない、ということかと思います。四ヶ月後に、もう一度判断させて下さい。」」
p120
「「そろそろ、入力も最終段階に入っています。一年後には、今ほど本を読む必要はなくなっているでしょう。私は、私の躰が生きている、この世界、この時代に、これから定着を図る必要があるの。今は、単なる子供です。ちょっと変わった子供だと思われている。理解者は少数ですが、これから増加させる必要があります。私の立場、私の権利、私の資格を、明確にさせて、人々の意識の中で、私が記号化されることが望ましい。」」
p124
「「過小に評価されることは、安全側です。」四季は普通の口調で冗談を言った。」
p128
「「貴方は、自分が思っているほど単純な人格ではありません。コントロールが難しいことは事実ですけれど、貴方にはその力があります。ご自分をお信じになって、どうか諦めないでください。」」
p132
「「ええ、栗本其志雄です。初めてってことはありませんよね?」」
p132
「「あえて言えば、兄妹みたいなものです。」」
p135
「「怒っているね。」僕は彼女に聞いた。「私が?」四季は目を丸くする。「まさか。」」
p137
「「君は遠くを見すぎている。すぐそこに見えて、今にも手に届きそうに思えても、それはまだまだずっと遠い、ずっと先にあるものなんだよ。君は、誰も見えない、はるか彼方のものを見ているんだ。」」
p138
「四季は笑った。「どさくさに紛れて……。」」
p142
「帰って、四季のために、新しいプログラムを組もう。」
p146
「「明日の約束を信じないのに、何故人間は、ずっと未来の約束ならば信じるのでしょうね?」」
p150
「次のアトラクションは、回転木馬である。」
p151
「「私が支配したいのは、私以外にないわ。」」
p154
「「そうね。でも、それが正解。論理とは、そういうもの。結果がどんなに信じがたいものでも、論理的に導かれた結論を受け入れること。それが科学の発展につながる最初の一歩でした。」」
p155
「「はじめまして。各務亜樹良と申します。」」
p159
「実のところ、眠っていたのは表層部だけの彼女で、内面の活動は、まったくいつものとおり。この世界には、彼女以外に立ち入ることはできない。」
p161
「「私は、私が誰なのか知らないわ。」」
p170
「「ありがとう。貴方はとても優しい。」四季は目を細めた。「とても純粋で、それに、とても有能です。」」
p171
「僕はもともと四季の双子の兄としてこの世に生を受けた。名前は栗本其志雄という。」
p177
「彼女の庭園を散策できたら、どんなに幸せだろう。想像するだけで楽しくなる。見せてもらえるだろうか。いつになったら、それが見せてもらえるだろう。僕の可愛らしい妹。世界一の妹。君のために、僕が望むことは、それだけだよ。」
p179
「「真賀田其志雄。」彼は答えた。」
p182
「「誰もが、結局のところ、生かされているのだよ。四季。」其志雄は言った。「僕だけじゃない、君もだ。」「私は、私によって生かされています。」」
p187
「額に彼女は接吻した。僕は泣いていた。」
p191
「「貴方のことが好きよ。」僕は、彼女を見つめる。抱き締めたい、と思った。けれど、僕の手は、そういう手ではない、それに相応しい手ではない、と思い出して、諦めた。」
p195
「人は知らないうちに、思考の経路を制限する。発想を無意識のうちに否定してしまうものだ。それが一瞬のことだから、自分でも認識できない、という理屈だろうか。」
p199
「「四季?怒った?」「いいえ。」」
p202
「「コンピュータ分野の技術者を集める。五人もいれば充分です。日本人でなくても良い。お互いがコミュニケーションを取る必要はありません。一人は、もう決まっています。私の兄です。」」
p204
「「彼は、四季様に是非お会いしたいと申しております。できれば一度、どこかで。そう、フランスにいらっしゃいませんか?」」
p205
「「世の中、どうしてこんな善意に満ちているのだろう。」僕は囁いた。「そう見える、そう見ようとする善意があるからじゃないかしら。」四季は答える。」
p206
「どうやら僕は、空間とも時間とも乖離しているようだ。」
p210
「「どうして人間って、すぐに使えなくなってしまうのかしら。」「使われたくないからだよ。」」
p226
「四季は、いつも、基本的に生命に執着していない。自分の命さえ、彼女はなんとも思っていない。」
p228
「「生きていることが、どれだけ、私たちの重荷になっているか、どれだけ、自由を束縛しているか、わかっている?」」
p232
「「よくやった、お前の役目はもう終わった。ゆっくりと休むことだ。」」
p234
「彼女に勘違いなどありえない、と僕は思った。しかし、黙っていることにする。」
p239
「でも、それだからこそ、四季は四季なのであって、僕にとっては、それがこのうえなく愛おしい。彼女のことが好きだ。僕以外に、いったい誰が彼女をちゃんと理解できるだろう。この近さは、それでもアンドロメダほども隔たりがある。単に最も近い、というだけのことだ。」
p240
「高原で見た、あの女。」
p243
「「あら、また会ったわね。」彼女は言った。僕には覚えはない。きっと、四季が会ったのだろう。」
p243
「少しだけ、普通の人間よりも反応が速い。ときどき、この種の人間に出会うことがある。僕は試してみることにした。」
p245
「相手を見くびっていたことに僕は気づいた。軽く処理できる相手ではない。ちゃんと接しよう。しかし、四季を呼び起こしたくはなかった。なんとか僕一人で対処しなければ……。」
p247
「「反応する時間でわかります。」」
p248
「これが驚かず最後だ。僕は、彼女の目をじっと見た。それが、どう変化するのかを……。けれど、彼女の表情は、意外なほど穏やかなまま。変わらない。」
p249
「こいつは、何者だ?」
p249
「「もう、どうでも良いことですけれど……。」四季が答える。」
p250
「「違う、どうして、もっと早く起こしてくれなかったの。それが迂闊だって言ったのよ。」「え?」「あの女のこと、調べさせて。」四季は言った。「瀬在丸紅子って聞いたけれど、会ったことがあるんでしょう?」「えけ、一度だけ。」」
p260
「「はい、そのとおりです。美千代様のお姉様に当たる方でした。結婚して、姓はクリムト。」」
p262
「四季が泣いている。「四季?どうしたの?何故、泣いているの?」」
p266
「僕は、僕という人間は、脆かった。それが嬉しい。なんだ、普通じゃないか。僕は、普通の人間じゃないか。」
p266
「「私はね、貴方に殺されるために、今まで生きてきたのです。」」
p268
「この世は、全部、なにもかも、四季が思い描いている物語。」
p272
「「これは、約束なんだ。」僕は静かに呟いた。ずっとまえに決まっていたプログラム。」
p276
「「其志雄!」四季は叫んだ。」
p282
「四季、さようなら。」
p284
「「あぁ、ええ、西之園博士。」四季はお辞儀をする。」
p284
「「お嬢様ですか?」」
p285
「「お名前は?」四季はきいた。」
p285
「少女はじっと四季を見つめていたが、突然表情を崩し、泣きだした。」
p286
「今は春、彼女はそれを思い出す。」