
ジクロロ
@jirowcrew
2026年5月5日
特性のない男
ローベルト・ムージル,
大川勇,
白坂彩乃
読んでる
「私にはよくわかりません」とディオティーマはさらに話を続けた。「あなた(ウルリッヒ)が真面目に話をすることなんてめったにないように思いますもの。だけどちゃんと訊いておかなければなりませんわ。私たちは共に重大な任務を背負っているのですから!先日話したことを覚えていらして?あのとき何かおっしゃっていましたね。たしか、たとえ全能の力を持っていたとしても、自分が望むことを現実のものとする人はいないだろうと。どうしてそんなことをおっしゃったのか知りたいのです。なんとも恐ろしい考え方ではありませんか?」
ウルリッヒはすぐには答えなかった。彼女は自分としては可能なかぎり思い切った物言いをしたが、それから訪れた静寂のさ中、自分がどれほどあの許されざる問いーーアルンハイムとわたしは、それぞれがひそかに望んでいるあのことを実現するのだろうかーーに心を奪われているかに気がついた。彼女は急に、ウルリッヒに本心が知れてしまったという思いに襲われ、顔が紅潮した。
(第1巻第69章)
「自分が望むことを現実のものとする人」
そういった人が退屈に思えることがある。
現実になってしまえば、その現実化されてしまった現実そのものから、関心は逸れてしまう。
「現実のものとする人」とは、
良くも悪くも「特性のある人」となってしまう。
消費の「対象」、ひとつの「記号」に成り下がる。
「特性」とはひとつの「悲しさ」とも言えないか。
源氏物語を思う、ものとなることのあはれ。
好きな人に、「好き」と伝えられない理由。たとえ互いに両想いであったとしても。
「美を食べる」
シモーヌ・ヴェイユならそういった成就を嫌悪するに違いない。
ディオティーマの問いに対し、ウルリッヒは饒舌をもって答えるも、彼女を満足させることができない。
ウルリッヒが、いや、ディオティーマとウルリッヒの「二人」が、「自分が望むこと」を口にできないからだ。
「たとえ全能の力を持っていたとしても、自分が望むことを現実のものとする人はいないだろう」
そのような、真理でもなく、主観でもないもの、このウルリッヒにとっての自身への要請は、彼を確実に「特性のない男」へと導いていくことだろうと思う。
そして、5月5日に書く内容ではなかったなと思う。