
TDD野郎
@LetsDoTDD
2026年5月5日
さみしい夜のページをめくれ
ならの,
古賀史健
読んでる
5章読了
学びとは本来自分で選ぶもの
学校の学びは選べないことがほとんど
でも本は選ぶことができる
誰から何を学ぶかを選ぶこと、何を学ぶかを選ぶことは自分の人生を選ぶこと
なるほどな〜
確かに世界をどう捉えたいかというのは本だったりの情報・知識で変わっていく
言ってしまえば陰謀論に傾くこともある
どうなっていきたいかは自分で選べるし、誰かじゃなくて自分が選ばなきゃいけないな
それと、カルチベート、自分を耕す話はフェイクマッスルで読んだマッスルメモリーを思い出した
例えプロにならなくともやったことは残る
やりきったという経験とそこからくる自信が残る
マッスルメモリーはまさにその実像ですごい希望が残る
ほかにも受験勉強を必死で頑張った人たちはテストの点数なんかじゃなく、もっと大事な力を手に入れられてるのだと思う
自分は必死に頑張った経験はあるだろうか、と問いてみる
いくつかはあるけれど受験はなあなあで終わってしまった
もっと必死になりたい。やりきった経験が欲しい。そういう環境がほしい。
受験勉強というのはそういう意味では避けられない苦難と同時にチャンスなのかもしれなかった
この先にそんな必死になれるもの・ことはあるんだろうか…チャンスは来るんだろうか…
いや、やろうという意志だけあれば良いのかも?