糸太 "犬婿入り (講談社文庫)" 2026年5月5日

糸太
@itota-tboyt5
2026年5月5日
犬婿入り (講談社文庫)
うっかり母国語を見失い、はたと辺りを見渡したら、世界がこんな風に動いていたので、そのままに記録してみました。多和田さんの作品に、私はいつも、そんな雰囲気を感じる。 言葉とは世界を切り分けるものである、と言っていたのはソシュールだったか。もしも、その切り分けていた仕切り板がフニャフニャに溶けてしまったりすれば、目の前に現れるのは世界そのものと言えるだろう。 とてつもなく面白い現象が繰り広げられているのに、言葉がないので記述できない。そこで忘れかけた母国語と新しく習得した外国語といった、不確かな道具をなんとか駆使して表現を試みる。 そんな稀代のアーティストによる作品に、人々は酔いしれる。でも、興奮しつつページをめくっていくうちに、読み手は母国語の使い勝手の悪さにも気づかされ始める。いままで疑ったことすらなかったのに…。頼りにしていた地面がひび割れて、するする崖下へと滑り落ちていく。必死に岩壁にしがみつこうとするも、手に持っている杭やロープの、なんと脆く、心許ないことか。 こうなれば、安全な場所からただ面白がっているだけでは済まされない。谷底にまで降りていき、前触れもなくやって来た「太郎」受け入れ、ときには「能面」を被って外に出てみたりする。そして、思うかもしれない。ありのままの世界では「嘘」なんか要らないじゃないか、と。 芥川賞ということは新人の時の作品なのか。多和田さんは新作長編も出ているようだけど、やっぱり昔の作品から読んでいこうかな。
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